チンチンノマルヤキ
大学を卒業し、東京で一人暮らしを始めてから早いもので三年になる。俺は小さな会社で働くSEだ。システムエンジニアと言えば聞こえはいいが、二次請け、三次請けでもがく能無しは永遠に搾取され続ける伏魔殿だ。俺はいつしか、自分がなんのために働いているのか、なんのために生きているのか分からなくなってきた。
そんなある日だ。上司が急に会社を休んだ。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。
風の噂が舞い込んできた。かわいそうな彼は夜道で暴漢に襲われ、なんとも驚いたことに、ペニスを切り取られたのだそうだ。
メンタル的にも復帰は無理そうですよね、と新卒で入ってきた後輩は言った。上司はおよそ精神科とは無縁の根性論者だったが、ペニスを失くしては仕事もできないか。同情半分、ざまあみろという気持ち半分で俺は缶コーヒーを飲み干した。
本部からやってきた新しい上司は、ウチのペンタブラックで塗りつぶしたような業務体制を改善しようとする気概に満ちた好人物だった。彼は俺に休暇を取るよう命じた。ありがたい話だが、毎日仕事に追われ、友人も恋人もいない。旅行に行きたい場所もない。俺は三年ぶりに実家へ帰ることにした。
新幹線に乗り、電車に乗り、バスに乗り、最後は何時間も歩き、東北のみすぼらしい寒村へ俺は帰ってきた。
家には母一人きりだ。父は俺が高校生のときに死んだ。熊に襲われたのだ。遺体の確認から帰ってきた母は、俺にすがりついて大声で泣いた。大酒飲みで酷いときは家族に暴力を振るうクソ親父だった。だがそれでもきっと、母はあいつのことが好きだったんだろう。
「やあ、おかえり。ご飯できてるから、こたつに入ってあったまんなさい」
母は笑顔で迎えてくれた。三年前よりシミの増えた顔。俺は親のことをかえりみず、東京で何をやっていたんだろうと思い、少し胸が締め付けられた。
「ロクに連絡もよこさないで、心配してたんだよ。忙しかったんだろう?疲れた顔してる。精の付くものを用意したから、早くお食べ」
「……これは?」
差し出されたのは、見たこともない料理だった。まるで……ツチノコの干物?それにこのひどい匂いは……。
「チンチンの丸焼きだよ。アンタ知らないのかい。滅多に食べられないご馳走なんだよ」
滋養強壮にいいんだ……特に父親のものを食べれば死ぬまで病気しないんだよ……取っておいて本当によかった……。
母の言葉は耳を通り抜け、俺の思考は再び東京に舞い戻っていた。上司を襲ってペニスを切り取ったという暴漢。もしやその人物は、俺と同郷の人物なのではないか……。
俺と同じように東京での生活に疲れ、地元で食べたチンチンの丸焼きを手に入れようとしたのではないか……。
「ありがとう。いただくよ」
俺は親父のペニスを箸でつまむと、豪快にほおばった。
~終幕~
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