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ジョージ・ナカシマ (George Nakashima)

日本語名:中島勝寿
1905-1990 🇺🇸(🇯🇵)



* Overview

アメリカの木工家・建築家…家具職人であり、20世紀の家具デザインの主要な革新者の一人。アメリカ工芸の父とも呼ばれる。

* History

1905年    士族出身ジャーナリスト中島勝治と
                 皇室に使えた人に使えたとされる
                 当間寿々の子として
                 ワシントン州スポケーンに生まれる
1923年    ワシントン大学林学→建築学科入学
1929年    建築学士号取得し卒業
                 ハーバード大学大学院へ進み
                 すぐにMITに転籍
1933年   世界一周の旅へ(〜1937年)
                ロンドンに滞在後、パリにて
                ル・コルビジェと知り合い、
                ジャルダン国際大学都市内の
                スイス学生会館建築現場へ通う
1934年    北アフリカ、インド、
                中国を経由した後、日本へ
                フランク・ロイド・ライトと共に
                帝国ホテル建築に携わっていた
                アントニン・レーモンドの元で働く
                同僚に前川國男吉村順三ら。
1937年    レーモンド建築事務所として
                インドのオーロビンド・ゴーシュ
                宗教団体の寄宿舎の設計に参加
1939年    日本に戻り前川國男事務所に所属
                (1938年から丹下健三も所属してた)
1940年    岡島(マリオン)すみれと婚約
                ワシントンに戻る
1941年    岡島すみれと結婚
                アメリカ建築の視察旅行中、
                ロイドの建築物に失望したとされる
                (デザイン重視、構造や技術の未熟さ
                が嫌だったとか…)

                真珠湾攻撃

1942年    アイダホ州ミニドカ・キャンプへ
                 四国出身の彦川源太郎)から
                 基本的な木工技術と木についての
                 知識を得る
1943年    ペンシルベニア州ニューホープの
                 レーモンドの農場で働く
1944年    ペンシルベニア州バックス郡に
                 自宅を建て、ガレージに工房を作り
                 家具の制作を始める
1946年    Knollからの依頼で量産向けの椅子
                (アームチェアー)を発表
1957年    ニューホープに自らの設計による
                 コノイドスタジオを完成
1964年    来日、香川高松の職人グループ
              「讃岐民具連」に参加
                インド アーメダバードのNIDに参加
1968年    「ミングレン」シリーズ発表
1969年    コノイド・スタジオ内に
                民具連美術館を開館
1973年    吉村順三によるロックフェラー邸
                のための家具制作
1983年    勲三等瑞宝章
1990年    死去

* the Work

https://www.sakurashop.co.jp/products/george_nakashima/

ベンチ
コノイド・ダイニング
コノイド・ニューチェアアーム
ミングレン・ローテーブル
ミングレン・コーヒーテーブル
コノイド・クッションアーム
ウォールケース
ナカシマデスクランプ
アサノハランプ

* Related

ル・コルビジェ
(Le Corbusier 1887 - 1965 🇨🇭→🇫🇷)
モダニズム建築の巨匠。
フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に近代建築の三大巨匠として位置づけられる。
「近代建築の五原則」を主張。
従弟のピエール・ジャンヌレと共に事務所を構え画期的な活動を進めるが、第二次世界大戦時の政治的思想が原因でジャンヌレと別れるも、戦後チャンディーガルのプロジェクトで再び協働。
東京の国立西洋美術館の基本設計を担当(1959年)


フランク・ロイド・ライト

(Frank Lloyd Wright 1867 - 1959 🇺🇸)
ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の三大巨匠」と呼ばれ、プレイリースタイル(prairie style)という水平ラインを意識したデザインで有名に。
人間と環境と調和したデザイン「有機建築」を提唱。

1913年、東京の帝国ホテル設計のため来日。(経営陣との対立により、弟子である遠藤新らが完成させる。)
浮世絵のディーラーとしても知られる。
ニューヨークにあるソロモン・R・グッゲンハイム美術館の設計者。


アントニン・レーモンド

(Antonin Raymond, 1888 - 1976 🇨🇿→🇺🇸)
フランク・ロイド・ライトと共に帝国ホテル建設の際に来日。日本人建築学にモダニズム建築について大きな影響を与えた。
第二次世界大戦の際、焼夷弾の効果を検証する実験のために東京下町の木造家屋を模倣した建物の設計に協力する。
戦後日本で立ち上げた「レーモンド設計事務所」は今も存続している。

前川國男
(1905 - 1986 🇯🇵)
ル・コルビュジエ、アントニン・レーモンドの元で学び、モダニズム建築の旗手として、第二次世界大戦後の日本建築界をリード。前川事務所からは丹下健三・木村俊彦らが排出されている。
生涯を通し建築家の職能と職業倫理の確立のために尽力した。

吉村順三
(1908 - 1997 🇯🇵)
モダニズム建築を体得するとともに、レーモンドに日本建築を伝える。1970年には東京藝術大学名誉教授となる。

吉村に師事した建築家に韓国都市建築の代表者キム・スグン,(김수근)がいる。

オーロビンド・ゴーシュ
(Sri Aurobindo Ghose 1872 - 1950 🇮🇳)
インドの反英独立運動家、宗教家、霊性指導者、ヨーガ指導者、インド哲学者、詩人、神秘思想家、インテグラル・ヨーガの創始者。

(ケネス)彦川源太郎
(Gentaro Kenneth Hikogawa 1902 - 1963 🇯🇵→🇺🇸)
1924年、四国を出てシアトル行きの船に密航しアメリカに渡った大工。ワシントン州タコマで日系のアサハラ氏と知り合うことで生活基盤を成り立たせ、1937年アサハラの娘エイミーと結婚した。1942年、家族と共に収容されたミニドカ強制収容所でジョージ・ナカシマと出会い、バラックの改良工事の設計と建設に協力するようになった。1945年に解放され盆栽などの知識を元に園芸センターを開設、テレビで特集されるほどになるも病に倒れ1963年に亡くなる。


Knoll
家庭、オフィス、高等教育向けのオフィス システム、座席、収納システム、テーブル、デスク、テキスタイル、付属品を製造するアメリカの会社。
ジョージ・ナカシマだけでなく、イサム・ノグチの作品もノール管轄だったような。有名なところだと、マルセル・ブロイヤーのワシリー チェアやエーロ・サーリネンのウーム チェアなど。
2021年よりハーマン・ミラー子会社化。

Womb Chair
(Vitra Design Museum)

https://en.wikipedia.org/wiki/Knoll,_Inc

讃岐民具連
日常生活において人びとの間で古くから伝承され、使い続けられてきた民具を、より洗練された新しい形で再生しようとする、香川県の団体。
1963年、彫刻家、作庭家(かつ「讃岐うどん」の命名者)である流政之が発起人となっ た讃岐の工芸を盛り上げるための集まり。木・石・瓦・漆・金、 様々な職人が集まり、地方に伝わる民具を時代に合うデザインに施し、世界へ発信するというプロジェ クト。 この一環で制作されたジョージ・ナカシマの 「ミングレンチェア」 = 「コノイドチェア」 。


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