まちの文具屋さん
「まちの文具屋さん」とでも呼びたくなる。
そんな文具屋が、まちにある。
毎日を過ごす「まち」にあるが、いちども入ったことがなかった。
そんな文具屋さんに、ふと入ってみた。
特に心に決めた買い物も、重い決意なんてものもなんにもない。
ボールペンが立てて陳列してある。大量である。どれくらい大量かというと、個人では持て余す程度である。
陳列台や棚のあいだをぐるりとまわる。縫うように、見てまわる。
子ども向けのペンケースがある。リュックサックやビジネスバッグが吊られている。1600円ちょっととあった。誰が買うのだろう。僕は欲しくない。
「mt」の文字が目に入る。
マスキングテープである。これはかわいい。僕も欲しいと思う。ひとつ手にとって、裏返してみた。160円と書かれたシールが貼ってあった。買ってもよかったけれど、僕はそれをそっと元に戻した。
緑色の容器に入った、のり。キャップは黄色だ。そんなのりが、たくさん。
ロール状の模造紙。単色から取り揃えてある、おりがみ。
スクリーントーンの豊富さが目についた。
漫画を描く人が多いのだろうか。需要があるのか。あるように見えるだけだろうか。
僕はスクリーントーンは買わないが、漫画は買うし、読む。間接的なスクリーントーン需要が、僕にも「ある」といえる。
「ケント」や「フェザーワルツ」と書かれたテープが貼り付けられて、色やサイズごとになった紙が平らに置いてある棚があった。
僕は作りたいものがあって、こうした紙を大量に買い求めたことがある。そのときは、繁華街の大型店で買ったのだった。なんだ、「まちの文具屋さん」にもあるじゃない。いいぞ、いい品揃えじゃないか、「まちの文具屋さん」。ちなみにこの店の名前は、そんなんじゃない。
なんだか、こころがときめいた。
それだけで満足だった。
お会計をする別のお客さんのうしろを通り抜けて、僕は何も買わずに店の出口に向かう。
店を出かかったところで、カラフルで小さな球体のあつまりが目に入る。
「ガムボール」
と書いてある。
透明で中身が見えるケースに入っている。天面とボディは赤だった。
手の届きやすい高さに設置されている。
10円とある。
考えないで、それを買う。
硬貨をセットして、レバーを回したのだ。
裸んぼの、ガムボールが受け口にあらわれる。
明るい緑色だった。
それを口に放り込んで、店を出る。
サクリサクリと表面を噛み壊す。
唾液が出てきて、砂糖の味が広がった。
グニャリグニャリとした食感に変わる。
あごを動かしながら、僕は「まち」を歩く。
ガムを食べたのは、久しぶりだった。
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