『極超音速ミサイル入門』能勢伸之著、イカロス出版、2021

はじめに~忍び寄る影、新たな脅威、極超音速ミサイルとは~

本書のテーマは、中国、ロシアが開発・配備を先行し、米国その他の国々がその後を追う、新たなる兵器「極超音速ミサイル」である。

極超音速ミサイルの「極超音速」とはマッハ5以上つまり、音速の5倍以上の速さのことだが、一般にロケット・ブースターで打ち上げ、標的目指して落下する弾道ミサイルでも、極超音速に到達する。そして極超音速ミサイルは、弾道ミサイルと同じ、または同様のロケット・ブースターで打ち上げられる。

では極超音速ミサイルは、弾道ミサイルとどのように異なるのか。そして軍事大国を含め各国は、なぜ極超音速ミサイル・プロジェクトに乗り出しているのか。さらに、それは弾道ミサイルにとってかわる兵器となりうるのか。

それを語る前に、日本周辺の安全保障環境や世界規模での安全保障体制にとっての弾道ミサイルの意味を簡単に振り返っておきたい。

国連の安全保障理事会で、拒否権を持つ常任理事国の、米、英、仏、露、中の5ヵ国は、NPT(核拡散防止)条約では「核兵器国」と定められており、戦略核兵器を、言うなれば合法的に保有している。その戦略核兵器の重要部分を成しているのが、ICBM(大陸間弾道ミサイル)やSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)といった「弾道ミサイル」だ。

世界の安全保障にとって、核兵器大国である米露が結んだ重要な軍縮条約である新START条約(2010年署名)は2021年現在も有効であり、この新START条約には弾道ミサイルの定義として、「ブロトコール6. (5.)弾道ミサイルとは、飛翔経路のほとんどが弾道軌道(=楕円軌道)」と記載されている。

言い換えると、ロケット・ブースターで打ち上げ、噴射終了後も、ミサイルそのものまたは、ミサイルから切り放された弾頭が、慣性で弾道軌道を描いて上昇を続け、やがて標的の上に落下する兵器ということだ。

日本の安全保障に直結していた米露の軍縮条約としては、ほかにも1987年に米ソ(ロシア)が署名し、翌88年に発効した、いわゆる米ソ(ロシア)INF条約があった。この条約は、米国とソ連(ソ連崩壊後は、ロシア)が、地上発射の射程500~5500キロメートルの弾道ミサイルと巡航ミサイルを全廃することを約した条約だった。INF条約は、海を挟んでソ連(ロシア)と隣り合う日本の安全保障にとっても、当時は有益なものだった。

しかし、1993年に北朝鮮が、日本のほぼ全域を射程に出来るノドン弾道ミサイルの発射を実施して、状況は一変した。以後日本は、ジェット戦闘機より遙かに速い速度で標的に落下する、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威の下に置かれたのである。しかし北朝鮮が日本を射程としうる弾道ミサイル計画を次々にすすめても、日本の同盟国、米国は、それに対抗する“日本がやられたら、やり返す"ための準中距離、中距離弾道ミサイルのプロジェクトをすすめることは、INF条約の制約の下では、出来ないはずだった。そうした環境下で、日米は、弾道ミサイル防衛(BMD)を重視する安全保障政策を続けてきたのである。

BMDのシステムは、簡単に言えば、敵弾道ミサイルの襲来を警告、迎撃し、市民を含む味方の犠牲を極力減らそうというものだ。

しかし、技術の進歩は、安全保障環境を激変させる。

日本周辺では、日米が長年構築してきたBMDでは防げない、または防ぐことが難しいだけでなく発射後どこを狙っているか判りにくくすることを開発の目的とした「極超音速ミサイル」、それに「不規則軌道ミサイル」が出現した。

繰り返しになるが、極超音速とはマッハ5以上の速度を意味し、ロケット・ブースターで打ち上げられる弾道ミサイルやその弾頭でも、到達することが珍しくない速さだ。では、極超音速ミサイルは、弾道ミサイルと何が違うのか。

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