『政権交代期の「選挙区政治」 : 年報政治学』2011
特集 政権交代期の「選挙区政治」(選挙運動支出の有効性
利益団体内の動態と政権交代:農業票の融解
知事選挙における敗北と県連体制の刷新:2009年茨城県知事選挙と自民党県連
個人中心の再選戦略とその有効性:選挙区活動は得票に結び付くのか?/濱本真輔*・根元邦朗**
*北九州市立大学政治過程論現代日本政治論
**ブリティッシュコロンビア大学政治学
はじめに
選挙区活動は次回選挙の得票に結び付くのだろうか。議員の間では、個人中心の集票が重視されているようである。例えば、森喜朗は政権奪還のために何が大切かという問いに対し、
と述べている。自民党の選挙対策委員会副委員長を務めた菅義偉も、同様の質問に対し、
と、後援会を通じた個人中心の支持拡大が重要であることを認めている。以上の認識は議員に限定されたものではない。自民党の実践的な選挙用マニュアルを見ても、後援会を通じた個人中心の集票こそが最も有効な戦略であると論じられている(自由民主党選挙対策本部2008)
こうした後援会や個人を軸とした選挙は、民主党議員にも共通する。例えば、小沢一郎は
として、候補者自身による日常活動の徹底を強調してきた。また、民主党候補者の事例研究からも、候補者自身が有権者と接触する直接型の動員が中心になっていると指摘されている(堤・森2010)。このように、1994年の選挙制度改革以降も後援会を軸とした選挙の重要性が議員や政党のレベルで認識されているだけでなく、多くの事例研究からも個人を中心とした選挙の継続が指摘されてきた(谷口, 2004; 朴, 2000; 山田, 1997; Kraussand Pekkanen, 2004)
他方、政党システムは二大政党制の方向へ変化してきた。有効政党数をみると、小選挙区レベルでは1996年の2.95から2009年の2.31へ、全国レベルでは2.94から2.08となり、着実な減少を見せている。また、投票行動の面では、党首評価の影響(Kabashima and Imai, 2002; 竹中, 2006)が指摘されるようになった。また、平野浩 (2008)は、2001年から2005年までの4回の選挙について、投票行動の分析から、首相や内閣への業績評価や期待の影響が大きいことを明らかにしている。一方で、地域や集団等の個別的利益が投票において第二義的なものになっていることから、選挙政治の全国化を指摘している。すなわち、有権者の投票行動やそれを制約する政党システムは、政党を軸とした構造へと重心を移してきた。
選挙政治を構成する制度や環境が変化する中で、議員は選挙区活動をどれほどしているのか。また、選挙区活動は議員自身の再選に向けて、どの程度有効なのだろうか。だが、選挙区活動が実際に議員の得票を左右するかどうかは、体系的なデータを用いて検証されていない。例外として、Cain et al.(1987)は選挙区活動の増大により、有権者の間で議員が「助けになってくれる (helpful)」という認識が強まり、そうした認識が議員への投票に繋がることを示した。しかし、こうした例外的試みも、データは特定の一時期に限られており、異なる制度的条件や時期を比較したものではない。そこで、本稿では選挙区活動が次回選挙の得票に結び付くのかどうか、異なる条件下でどのように変化するのかを明らかにする。
この問いには、2つの意義がある。1つ目は、選挙政治の全国化の程度を捉えられる点である。前述の通り、選挙政治の全国化が指摘されつつも、議員の再選戦略には変化があまりないのかもしれない。しかし、個人中心の再選戦略はどれほど有効であるのかは、必ずしも明らかになっていない。議員の選挙区活動を通じて、選挙政治の全国化が議員行動にどれほどの影響をもたらしているのかを明らかにする。
2つ目の意義は、選挙区活動を通じて、議員を取り巻く制度の影響を明らかにできることである。前述の通り、議員レベルと有権者レベルでは異なる傾向が観察されている。しかし、従来の研究では選挙政治を構成する制度や環境の変動とその中での議員の行動パターンが必ずしも体系的な比較の中で位置づけられてこなかったのではないか。具体的に述べると、議員側の研究では選挙区活動、補助金、政党の得票変動という複数の再選に関わる要因を射程に入れた分析がされていない。さらに、再選戦略の有効性は選挙制度によって変化する可能性があるものの、その点は比較の中で検討されていない。本稿は、選挙制度が個人中心の再選戦略の有効性にどのような影響をもたらすのかを明らかにし、選挙制度の理解を深めることに貢献する。
本稿では、前述の問いに答えるため、国会議員がどれほどの頻度で自身の選挙区に戻ったのかを測定した、議員スケジュールデータを用いる。従来の研究は、ある一国の一時点での調査データや、記述的な分析が中心であった。これに対し、本稿のデータは、1979年から2010年まで、異なる条件の下で選出された150名ほどの国会議員を対象としているのが特徴である。これにより、選挙区活動は次回選挙の得票に結び付くのかどうか、その効果は異なる条件下で変化するのかという問いに対し、一定の返答ができる。
本稿の構成は以下の通りである。次節では選挙区活動と個人中心の集票活動に関する先行研究を検討し、仮説を提示する。第2節では、議員スケジュールデータの概要を述べる。第3節では、選挙区活動の傾向をふまえた上で、選挙区活動の得票への影響を分析する。第4節では、分析結果をまとめ、その含意を考察する。
第1節:選挙区活動の理論
本節では選挙区活動に関する研究を概観し、議員の選挙区活動量とその得票への効果に関する本稿の仮説を提示する。ただ、議員の集票手段は選挙区活動に限られない。補助金や政党への支持も議員の得票に関係する要因であるため、これらの観点に基づく、異なる可能性を提示する。
(1)選挙区活動仮説
選挙区活動における先駆的研究として位置づけられるのがFenno(1978)によるものである。議員の主たる目標を再選と仮定した上で、再選目標の実現へ向け、議員は自身の選挙区において選挙区活動(Home Style)に勤しむと論じられた。選挙区活動は、議員としての
適格性(qualification)、
議員への帰属意識(identification)、
議員との共感度(empathy)
を高めることで、有権者の信頼を得ようとする行動である(Fenno,1978, 56)。具体的には、時間の許す限り、ワシントンから自身の選挙区に戻り、ワシントンでの活動を有権者に紹介し、有権者の声に耳を傾け、個人的支持者を獲得・拡大するものである。つまり、選挙区活動とはイデオロギーなどの集合的インセンティブや補助金等の選別的インセンティブとも異なる、有権者とのつながりを構築するものである。
これに基づき、本稿では、再選を目標とする議員が、選挙区の有権者と交流し、個人的な支持者を得る一連の活動を、選挙区活動と定義する。選挙区活動に関する先行研究では、選挙区に帰る頻度、有権者や支持団体との接触、首都と選挙区へどのように資源を配分するかなどに着目し、どのような議員がより選挙区活動に従事するのかが論じられてきた(Anagnoson1983; Cainetal. 1984; Fenno 1978; Park 1988)。概ね、地元での認知度が高く、次回選挙に対する懸念の低い議員ほど、地元入りの頻度が低いという結果が得られている。
Cain等は、議員と有権者の結びつきに対して、有権者の投票行動の観点から個人投票 (personalvote)の概念を提示した。有権者の投票行動は、個人投票とそれ以外とに分けられる。前者は、「候補個人の資質、適格性、活動、記録から生まれる有権者の支持意識」(Cainetal. 1984, 111)として定義され、後者は、「政党に対する帰属意識、階級や宗教など有権者の性質,経済など国の状況、与党指導者の政策評価」などにより説明されるものである(Cainetal. 1984, 111)。
Carey and Shugart(1995)は、議員と有権者の関係を方向付ける選挙制度に着目し、個人投票と政党投票の重要度がどのような制度の下で変化するのかを理論化した。彼らは、個人投票のインセンティブを高める要因が政党内競争にあるとして、政党内競争を強める要因として4つを挙げている。第一に、名簿順位に対して党がコントロールを持っているかどうかである(ballot)。例えば非拘束名簿式比例代表(OLPR)の下では、有権者が順位を決定するため、候補者には個人票の獲得を通じて同じ党の他の候補も名簿順位を改善するインセンティブが生じる。第二に、票が同じ党の他の候補と共有されるかどうかである(pool)。例えば、単記非移譲式投票制度(SNTV)では、同じ党の候補の間でも票が共有されない。つまり、候補者間で票をめぐるゼロサムの競争が行われるので、政党内競争が強まる。第三に、有権者が政党へ一票を投じるのか、政党内競争へ一票を投じるのかどうかである(votes)。同一政党の候補を順位付けできる単記移譲式投票制度(STV)や、同一政党の複数の候補から一人だけを選択させるSNTVは、政党内競争を強めることとなる。第四に、選挙区で何名が選出されるのかである(magnitude)。選挙区定数の増大(減少)に伴い、前述の3つの変数によって生じる政党内競争がさらに強まる(弱まる)
これら4つの指標を基に、Carey and Shugart(1995)は比例性と異なる選挙制度の順位付けを行い、STV, OLPR, SNTVなど、政党内競争の強い制度では、選挙区定数が大きいほど、個人投票のインセンティブが強まると論じた2。つまり、有権者が投票の意思決定を行う際、政党に基づく投票や、政策に対する評価だけでは政党内の複数の候補者を区別できないため、候補者は選挙区活動等を通じて自身の認知度を高めようとするはずである。
この理論的背景を基に、選挙制度が議員の選挙区活動にどのような影響をもたらすのかについて、実証研究が進められてきた(Ingall and Crisp 2001; Crisp and Desposato 2004; Heitshusen et al. 2005). Ingall and Crisp(2001)は、事実上SNTVとして運営されていたコロンビアの下院を対象に、議員が選挙区に帰る頻度の分析を行い、選挙区活動と政党内競争の激しさ(つまり、選挙区定数の大きさ)の間には正の相関があることを確認している。また、Heitshusen et al.(2005)もオーストラリアなど五ヶ国の議員を比較し、同様な結果を得ている。
ただし、政党内競争の程度を選挙区定数で代替することには、問題が指摘されている。Carey and Shugart(1995)の議論は、政党内競争の起こりやすさをあくまで定数で近似させたものであり、定数は必ずしもその起こりやすさを直接的に表した指標ではない。Crisp et al. (2007)は、政党内競争の程度を定数ではなく、同一政党から複数の候補者が擁立されているかどうかを基準に測定する必要性を指摘している。日本のSNTVを例にすると、確かに自民党候補者の間では政党内競争が存在したけれども、同党と社会党以外では複数の候補者を同一選挙区に擁立する例はほとんどなかった。そのため、前述の2党以外は、SNTV下でも政党内競争の程度は弱く、政党間競争がより強くなる。
Crisp等の指摘は、政党内競争に2つの側面があり、制度的な測定だけでは十分でないことを明確にしている点で重要である。第1の側面とは、前述の通り、選挙制度に規定される部分である。第2の側面は、政党側の対応に規定される部分である。選挙制度改革以後は、選挙区で当選する議員が1人となったため、政党が複数の候補者を送り出すインセンティブはなくなった。この点で、第1の側面に関してみれば、党内競争はなくなった。しかし、政党が候補者の一本化に失敗し、公認漏れした自民党系議員が保守系無所属として同じ支持層の票を奪い合うという例も少なからずある。
森裕城 (2006, 83-85)は、1976年から2005年までの無所属当選者と次回選挙での結果に基づいて、無所属で当選し、自民党公認を獲得する例がSNTV下とあまり変化していないことを示している。確かに、政党内競争の減少と選挙制度改革との間に強い相関があるものの、第2の側面を組み込むと、党内競争が完全に消失したとはいえない。そのため、実証分析の段階では定数に基づく党内競争の測定ではなく、議員や政党側の選択を踏まえた上で、党内競争の程度を区分し、分析する。
選挙区活動に関する先行研究の検討から、本稿では次の仮説を提示する。
仮説1:選挙区活動は次回選挙の得票を高める。
仮説2:選挙区活動の得票への効果は個人投票の強い環境下で高まる。
仮説1は、選挙に弱い議員であるほど、選挙区活動により積極的になるという実証結果に基づく。つまり、貴重な時間と資源を割いて選挙区活動に従事するということは、選挙区活動が次回選挙に有用であるという認識が特に選挙に弱い議員の間で共有されているはずであり、そうした認識が広く共有されるためには、実際に選挙区活動の効果が存在するはずである。本稿の冒頭で示したように、選挙制度改革後も個人を中心とした選挙区活動の重要性が認識されている。
仮説2は、上記Carey and Shugart (1995)の理論を基としたIngall and Crisp (2001)とHeitshusen et al.(2005)の実証的発見に依拠している。個人投票の強い環境の下で選挙区活動が増える背景には、個人投票の強い環境の下でこそ選挙区活動の効果が高いということが議員の間で期待されてい
つまり、こうした便益の配分は自己の知名度を高め、当選可能性を高めるという点で、上記選挙区活動の一つの類型と位置付けられている。
比較政治の観点からは、選挙制度や政党システムの差異に着目し、どのような議員がどのような文脈で補助金獲得に努めるのかが論じられている。例えばAmes (1995)は、個人投票傾向の非常に強いブラジルのOLPRに着目し、議員が補助金の配分を選挙区内のどのような地域に集中させるのか検証しており、自己の地盤へ補助金を集中する傾向が強いと論じている。
日本でも、補助金と自民党得票との関係が多様な側面から立証されてきた(小林, 1997; 2008; 名取, 2002)。補助金の配分は地域の社会経済環境に大きく左右されるものの、自民党の優勢な地域(得票率、有力議員の存在、自民党の議席率等)ほど、多くの補助金を得てきた。さらに、小林良彰は補助金の増額が次回選挙の自民党得票率に正の影響を与えたことを示した(小林, 1997)。
もう1つは、政策や政党支持に依拠した集票活動である。政党内競争が制度上必要ない場合、当該政党の支持者はその候補者に投票することが予想されるため、選挙区における政党支持がより直接的に反映されるであろう。例えば、2003年の選挙を比較の基準としてみると、2005年の選挙では投票率の上昇が自民党の絶対得票率の上昇に結びつき(森、2006)、2009年の選挙では逆に民主党の勝利につながった (河野, 2009)。1990年頃から全国的に比較的均一な得票変動を意味する、ナショナル・スウィングが上昇し(川人,1990)、一方で個人投票を支える後援会の加入率や各種団体の活動量が低下し、地元利益を重視する有権者の割合も減少してきた(濱本、2007)。このような選挙環境の中では、議員の選挙区活動の得票への効果はそれほど大きくないかもしれない。
補助金と政党要因は、選挙区活動の得票への効果を低下させる可能性がある。また、理論的にみると、これら2つの要因(補助金と政党要因)は選挙区活動と代替的関係にあるとも予想できる。議員は多忙であり、合間を縫って貴重な資源(コストと時間)を費やして地元入りするのであるから、もし選挙区活動を代替しうる手段があれば、そちらを優先的に利用すると考えられる。つまり、補助金へのアクセスが多く、道路や橋梁の整備等で自己の認知度を高められる議員ほど、選挙区活動への時間を減らすかもしれない。逆に、そうした補助金へのアクセスが限られた議員ほど、自己の裁量で調節できる地元入りの頻度を通じて次回選挙に備えるかもしれない。その一方で、風が自党に吹いていると感じる議員ほど地元入りを減らし、逆風が強くなるほど選挙区活動を増やすという関係もあるかもしれない。実証分析の節では、これらの因果関係を包括的に論じる。