13、オルドスの冬
オルドスの冬は寒い。冬の最低気温は通常マイナス15度くらい。時にはマイナス30度にもなる。それにとても風が強く、体感温度はさらに低い。気をつけなければいけないのは、「寒流」が来るとき。突然風が強くなり、数時間で気温が十数度下がる。
風が強い日に出かけるとき、同僚から「耳を落とすなよ」とよく言われたものだ。しっかり耳当てをしていないと本当に落ちてしまうらしい。そして寒さよりいやなのが「砂」。風が吹くと近くの砂漠からすぐ砂が飛んでくる。大粒の砂は顔に当たって痛い。目も開けられない。それと細かい砂もたくさん飛んできて、服の上からどんどん中へ入り込む。部屋は2重窓だが、そこにも容赦なく入り込む、何だか毛穴のなかにも入ってきそうで息苦しい。
校舎はお湯を循環させる集中暖房があるので、昼間、部屋にいるときは問題ない(夜は暖房が冷めてきて、心もとないが・・・)。何といっても外に出るときが大変だ。服を何枚も着込んで、耳が隠れる毛皮の帽子をかぶり、厚手の手袋をはめ完全装備で出かける。
強い風の中必死に自転車をこぎながら、町へと向かう。ところどころ道路が凍結していたが不思議なことにその上を通ってもあまり滑らない。あまりの寒さそして乾燥のため氷が大理石のように硬くしまっていて、滑りにくいのだそうだ。そしてマイナス10度を越えると鼻毛が凍るという現象も経験した。銭湯から帰るときは髪が完全に乾いてないので、髪の毛が凍ることもあった。
しかし冬、自転車に乗って町に出かけるのは週に1回か2回。最も深刻なのは排泄問題。冬の公衆トイレはとても寒い。おしっこはすぐには凍らないものの、穴の周りは黄色い氷が張っていて、穴の下側には立派な黄金の氷柱ができている。そして穴のそこには茶色いシャーベット。こんなところで大のほうをするのは至難の業だ。トイレであまり粘っているとお尻が霜焼けになってしまう。
そこで苦肉の策。校舎からトイレまで50メートルくらいある。その距離も考慮してギリギリまで我慢。「いまだ」と思ったら、トイレに急ぎ、しゃがむと同時に出してしまうのだ。
しかし、毎回うまくいくとは限らない。しゃがんではみたものの、下から吹き上げる風のため出るものが引っ込んでしまい、仕方なく部屋に戻る空しさと、トイレへと向かう途中に先生や生徒に話しかけられる苦しさを何度となく味わった。
日本語を教え始めて、3ヶ月くらい経ってから、ボクは時々生徒たちに日本のビデオを見せるようになった。「ヤンさんと日本の人々」など日本語教育用のもの。聴解力を高めることもできるし、日本事情を説明するのにも有効、そして何より、日本語学習の動機付けになる。
いいこと尽くしだが、ビデオを見るためには別棟の化学実験室に行かなければならない。事前に別棟のカギを管理している職員にビデオを使うことを伝え、その時間に開けてもらわなければならない。
雪の降った次の日の授業。ビデオを見せることになっていた。生徒たちも楽しみにしていた。授業が始まる前に別棟に行ったら、すでに生徒たちが集まっていた。カギを管理する職員はまだ開けに来ていないようだ。みんな寒い中、その職員を待った。
だんだん足が冷えてくる。手が悴んでくる。足元には雪が積もっていた。乾燥しているオルドスでこれだけ雪が積もるのは珍しい。みんなうずうずしてきた。一人が誰かめがけて雪を投げつけた。これをきっかけに雪合戦が始まった。
ここの雪はさらさらのパウダースノー。おにぎりのように手で捏ねてもなかなか固まらない。雪の玉をぶつけるというより、砂をかけ合うような雪合戦が別棟の周りで繰り広げられた。
カギを管理している職員は結局来なかった。いつもなら怒り心頭で抗議に行くところだが、この日はボクも子供に返ったようにひたすら雪を投げていた。
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