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すずめの戸締まり

ネタバレ大いにあり。

面白かった。
新海さんの作品は君の名はしか見たことがなかったが、今の所新海さんの映画の中で一番好きだ。
正直新海さんの名前に惹かれて映画館に行ったが、作品を見ている間は新海さんの作品を見ていることを忘れて没頭してしまった。
作品の世界にのめり込める度合いが凄かったので、自分もすずめちゃんと一緒に日本列島を横断しているような気分になれる。

映画にたびたび出てくる廃墟だが、この寂しげな建物の描写が凄く良かった。
一番よかったのが最初の温泉街の廃墟で、あの寂びれ具合が本当に最高だ。街並みが残っているのに人が一人もいない感じが凄く良くて、そんな素晴らしい舞台から始まる映画が面白くないわけがない。
また兵庫の遊園地が凄く良かった。
廃遊園地のあの魅力はなんなんだろうか、人がいたぬくもりが強く感じられる遊園地という場所と、人が一人もおらず明かりもついていないという状況のチグハグさが最高だ。

廃墟の良さはやはり建物が残されていることにあると思っている。
人に利用されなくなった施設の時間は止まり、それを横目に世界では矢のような速さで時間が進んでいっている。
人に忘れられた建物が残ってしまっていることが逆に寂しさを増しているのが良い。
弔いの必要性というか、形を残さないことの大切さを教えてくれる良さが廃墟にはある。

色々な廃墟を舞台にするうえで、戸締まりのために各地に存在した声を聴く形を取ったのが凄く良いなと思う。
ラストシーンにも生きてくるのは言うまでもなく、廃墟と言う魅力的な施設をただの舞台設定にしていないところに凄く好感が持てる。温泉街や遊園地では過去の盛況ぶりを表す声が、小学校では生徒たちの日常を表す声が聞こえてくる。

それまで迫力満点のアクションシーンが壮大なBGM共に繰り広げられていた所から、声に耳を傾けるシーンで突然静かになるこの落差が凄い。そこからなだれ込んでくるかつて存在した日常の際立たせ方が凄く良い。

なんかさっきから凄いとか良いとかしか言ってないな。

また、廃墟という静かな寂しげな施設を巡る合間合間にたくさんの人の営みを見せるのも良いなと思った。
学校という人が多く集まる場所から、温泉街の誰もいない廃墟。
廃校になった学校から、繁盛している民宿。
神戸の人の多い街並みと酔っぱらいたちで盛り上がっているバーから、誰もいない遊園地。
東京と言う日本で一番人が多い場所から、人の少ない震災跡地。

このギャップがまあ良い。
寂しげなところに魅力を感じられるのは、人の営みの温かさを知っているからだと個人的に思っていて、そこの落差が見られたのが凄く良かった。

あとは、なにか人知を超えた不思議に対峙する時に、日常を疎かにしていないな、と言う印象が強かった。
色々見て来た作品で、日常の合間で非日常に対峙する作品と言うのは少なくなかった。
プリキュアとかもその一つと言えるだろうが、学園生活の中で現れた敵の怪人を変身して倒すというストーリーの中に、怪人とバトルをしていたせいで授業に出られず留年してしまうようなシーンは見られない。

そしてそんなシーンは無くていいのだ。
プリキュアが学業とプリキュア活動を天秤にかけている様子なんて、日曜朝から流していい映像とは思えない。

しかしそこをしっかり描写していたのがこの映画だった。

すずめちゃんの一人旅を心配した保護者がすずめちゃんを追ってくるところから、閉じ師として全国各地を周り、地震の発生を抑えている草太さんは教員採用試験をすっぽかしている。
細かいが各地でかかって来る出費をすずめちゃんが心配するようなセリフも見られて、現実を疎かにしていないところがすごくよかった。

そういう現実の描写は、映画の盛り上がりを消してしまうことを危惧して避けられがちだと思うが、この映画ではむしろ叔母と姪の関係性という一つのストーリーにまでなっているのが凄いなと思う。

あとはまああれか、芹沢くんか。
一回目を見終わってこの映画の世界にすっかり捉われてしまい、他の人の感想も見たいなと思ってTwitterで検索をかけた自分をひどく落胆させた男、それが芹沢くんだ。

もうTwitter民と言ったらなんだ、芹沢くん沼すぎる!だの、めっちゃ性癖に刺さるキャラが出てた!だの。
Twitterの方々はすっかり彼の話しかしておらず、映画全体の感想を見たいなと思っていた自分を失望させるには十分過ぎた。

ただ、彼の印象が強く残る、と言う意見は理解できてしまう。
初対面の女子高生とその保護者をオープンカーに乗せ、東京から東北までの道のりを文句一つ言わずに鼻歌交じりで運転してのけた男、それが芹沢くんだ。
この映画に欠かせない人物ランキングで言えば一位に食い込めると思う。彼がいなければ東北でのラストシーンは見られなかっただろう。彼のスルー力がこの映画には必要不可欠だったのだ。

ご都合主義の擬人化みたいな男だが、彼のいい意味での軽さがそれを感じさせない。
あと彼のおかげでルージュの伝言の良さに気づけた。ありがと。

後はまあラストシーン。
環さんの漕ぐ自転車ですずめちゃんの実家まで帰ってきて、さああの時の扉を探そうというシーン。
日記をめくっていって黒塗りのページが続くところもなかなか印象が強いが、個人的にはその後の扉を見つけるシーンが印象に残っている。
日記の記述から扉の大体の位置に目星をつけて探し始めるすずめちゃんに、環さんが12年前のドアなんて、残ってるわけないでしょみたいなことを言っていたシーンだ。
結果的にその扉は残っており、すずめちゃんは無事常世に行くことができたのだが、扉が残っていることが必ずしも喜ばしいことではないよなと思ってしまった。

これは序盤に出てきたいくつかの廃墟にも言った言葉だが、扉が残ってしまっていることは、その一帯の時間が進んでいないことに繋がってしまう。
震災の被害に遭った地域の復興が進んでいたら、すずめちゃんが常世に行くことはなかっただろう。
このシーンまで、時間の止まった場所はミミズの出現場所として負の描写がされていたのに対し、ここの時の流れから取り残された扉は草太さんに会いに行くための唯一の希望の糸と、すごくプラスに描写されているこの差が凄いなと思った。

環さんは12年前の扉なんか残っていないでしょと諦めていたのに対し、すずめちゃんは扉があると信じて走り出していたこのギャップも凄い。同じ場所にいる二人でも、その場所の見え方は全く違っているんだなと思える。
これはこのシーンの少し前の芹沢くんとすずめちゃんの会話にも言えることだな。

震災地にかつて存在した声を聴き、これまでの各地での閉じ作業の集大成をしっかり見せてくれて、無事一件落着。
その後の幼少期すずめのシーンは見るのが非常に辛く、震災をもろに経験していない自分でも目を背けたくなる痛々しさがあった。

その後のすずめちゃんからすずちゃんに語り掛けるシーンは難しすぎない言葉を使っていたのが良かった。
子供へかける言葉なので難しすぎないのは当たり前と言えば当たり前だが、こういうところで色々言葉をこねくり回していい感じのことを言わせる作品は少なくないと思う。
ここでシンプルに舵を切れる大胆さが凄い。

そのままエンドロールが流れて話は終わる。
行ってきますしか言えずただいましか言えなかった人たちの声を聴いたすずめちゃん。
彼女の旅を終わらせるのなら、家に帰るシーンは絶対に見せなければダメだろと思っていたが、しっかりとそこを見せてくれるからこの映画は素晴らしい。
新幹線の車窓から望める富士山に、兵庫のスナックに、愛媛の旅館に、行きの道程を丁寧になぞり、そしてしっかりと家に帰ってきてまた日常が始まる。
ここまで見てようやくすずめの戸締まりが終わった。
終わりよければすべてよし、いい終わりだった。

●いやとても面白かった。
後はまあ細かく気になったことをつらつら書いていこうと思う。

●インターネットの話への絡ませ方が上手いなと思った。
すずめちゃんたちがダイジンの現在地情報を手に入れるのはTwitter。
環さんがすずめちゃんの現在地情報を手に入れるのは、ネットと紐づけた口座の履歴。
オープンカーで流すプレイリストはサブスクの音楽アプリ。

なんか良い。
口座履歴で現在地を確認する方法なんて、創作物に出していいほどメジャーではないと思うのだが、環さんを話しに絡めるためにそんな変化球を話に突っ込んでくるのが凄いなと思う。

●これは他の人の感想で言われていたことでもあるのだが、時間が止まった場所の意味が、ラストの被災地とそれまでの廃墟たちで、全く変わってしまっているのが少し気になった。

人が集まらなくなって時間が止まった温泉地と遊園地に対し、どうすることもできない災害が理由で時間が止まった廃校と被災地だと、声を聴くことの意味が全く変わってしまう気がして、そこのチグハグさは少し気になる。

ラストシーンで示されていたのは人知を超えたパワーに対しての話であり、遊園地や温泉地といった、人が離れていってしまうことから時間が止まる場合での話はされていないなと感じた。

●ミミズの描写、ここの迫力が凄すぎる。
東京の上空を多い囲うように広がるミミズの映像が特に。
緻密な都会の描写が、またミミズのデカさというかスケールの大きさを増すのに手伝っているのが良い。
それだけの話だが、書かないわけにはいかない。それくらいに印象が強い。

●東京の扉はどこにあるのか、という問いに対しての答えが少し拍子抜けだった。

それまでは、忘れ去られた温泉地、災害に遭った廃校、もう使われなくなった遊園地と、扉がある場所は人の居ない寂しい場所という流れが続いていた。
そこへ来て東京だ。
天気の子で田端を出す感じからも言えるが、THE東京といったような場所ではないところを描くのが新海さんの良さだと思っている。
背の高いビルが並ぶ都会としての東京だけを見せるようなことをしない人、と言うイメージを新海さんに対しては持っていたのだが、東京に到着したすずめちゃん達が御茶ノ水に向かったときは、流石新海さんだぜと思った。

どこもかしこも人で溢れている東京で、いったいどこに寂しい場所があるのか。この問いに対して御茶ノ水と言う場所を見せてくるあたり、非常に期待が持てた。
御茶ノ水って言う場所選びが素晴らしいんだよな。
細かく説明はできないが、とにかくここで御茶ノ水と言う場所をピックアップするのは流石としか言いようがない。川沿いのあの雰囲気がなんかいいんだ。

そんなワクワクに包まれて映画を見進め、いざ提示された答えは、皇居下の謎スペースにある謎の鳥居。
ここは本当に残念だった。
ここの扉だけ他と比べると浮きすぎている。
寂びれた理由もわからないし、そもそもリアリティの度合いが急降下しすぎている。
御茶ノ水のワクワクがあった分、落差もあってかなり残念が強かった。その後の高速道路のトンネル内の非常扉みたいなところに繋がっていくところは少し良かったが、まあ東京でさびれた場所を探すのは難しかったんだろう。

仮にそんな場所が東京にあったとして、そこを映画内に出した時にそのモデルとなった場所に人が殺到するのは火を見るよりも明らかだろう。新海さんの影響力を考えると、安易に実在の場所を出してしまうのを避けるのは当然なのかもしれない。

ただまあ残念だった。
総武線のトンネルからミミズが出ていた時には、京成の博物館動物園駅のような廃駅が出てくるのかなと期待が増したものだ。
なんなら京成の博物館動物園駅でよかったんじゃ?


そんなこんなで、色々引っ掛かるシーンも含めて、やっぱり面白かった。日本の色々なところを周るロードムービーとしても完成度が高いと思う、当たり前になっているが、映像の綺麗さは言うまでもない。最高だった。めっちゃ好き。

天気の子も見たい。見る。


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