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アリスとテレスのまぼろし工場

ネタバレしかないです。

21時半の回を見て、映画が終わったのは日付の変わるほんの少し前だった。映画館を出て外は真っ暗で、なんだか映画がより自分に染みていくような気がして気分が良かったな。
いやぁとても面白かった。良かった、と言った方がいいかもしれない。良い映画だった。
創作物を通して人生の学びを得よう見たいな視聴の姿勢はあまり好きではないが、この映画からは何かを感じざるを得なかった。

映画全部を通じて感じたのは、”変化”だった。
この映画を簡単に言うなら、時の流れから取り残されてしまった街が舞台の、街も人も変化をしない、寧ろ変化がタブー視されている世界を生きる子供たちのお話、だろうか。
例えば中盤、主人公に想いを寄せる女子は主人公に別の想い人がいることを知って、心境の変化によって神隠しに遭ってしまう。
あまり積極的な性格ではなかった男子は、人前に出る仕事をしたいと思うようになり、目標の変化によってこれまた神隠しに遭ってしまう。
そんな変化を嫌う街にあって、主人公とその周辺の人物たちは、あまりに変化しすぎていたと思う。
最初は微妙な間柄だった主人公とヒロインはキスしてるし、主人公周りの人物でも告白を経て結ばれるカップルがいたりと、その関係性は2時間の上映時間だけでもあまりに変化しすぎていた。神隠しの発生条件は、人間それぞれ一人だけにしかスポットライトが当てられていないんだろうか。
変化のない街でも、そこに人間が生きている限り、本当に一切何の変化もないわけではない。それに加え主人公たちは青春真っ盛りの中学生。相手が神だろうがなんだろうが、恋に進路に多感な中学生たちを、止まった時間の中に捕らえられるわけがないのだ。

中盤に五美ちゃんが出てきたあたりからずっと考えていたのは、変化とは本当に良いものなのか、ということだった。
変化のない街に閉じ込められた主人公たちは、常に変化を求めていた。
刺激を求めて少し過激な遊びに興じ、土砂崩れの起きたトンネルで肝試しをしてみたり、製鉄所に忍び込んでみたりする。
極めつけに彼らは、自分たちの正体を知ってもなお、五美を元の世界に戻そうとカーアクションまで繰り広げてしまう。五美を元の世界に戻すことで、自分たちの世界及び存在がどうなってしまうのかは分からないのに、それでも変化を求める彼らは止まらない。死だって言ってしまえば変化ではあるわけだが、主人公たちはもはや死にすら少し憧れを抱いていたのではないか、そう思ってしまうくらいに彼らは退屈さに辟易していた。
一方で、時間が停滞した世界に身を置いてもなお、変化を嫌う人間もまた、劇中には多く出てきた。
五美をこの世界に閉じ込めることで、時間が停滞した世界を永遠のものにしようとしていたヒロインの父親。
好きな人たちのためにこの世界を維持しようとしていた主人公の叔父。
好きな人と結ばれたこの世界を失いたくない、主人公たちとともに行動をとる女子中学生。
それぞれが様々な理由で変化が緩やかなこの世界に魅力を感じ、変化を起こさないため、停滞した時間にしがみつくために、各々にできることを必死に遂行していた。
映画全体を通して、変化が尊いものであるとも悪しきものであるとも明確に見せていなかったのが、とても良かったと思う。見せていなかったというのはあまり正しくないかもしれない、どちらの主張も多分に見られた、と言う方がいいな。変化を嫌って停滞を選ぶことは、主人公たちの選択とは相反するわけだが、そこをわかりやすく二項対立で見せていなかったのがとても良い。それまで主人公たちとはわかりやすく敵対するシーンが多かったキャラだけでなく、主人公の叔父や行動を共にする同級生ですら、主人公とは真逆の立場に置いてしまうのが凄い。明確な悪役などおらず、一人一人主張を持った人間が何人もいて、各々が自分の主張に従って行動していくので、それを一つの映画で見せるのはとても難しいことだと思う。それだけ要素が散らかっているはずなのに、ラストシーンの盛り上がりと説得力は凄まじく、エンドロールが流れ出すその瞬間まで時間を忘れてしまった。

自分も、終盤手前までは主人公側の人間で、変化のない世界など壊してしまえと思っていたのだが、主人公のおじいちゃんの語りのシーンで完全に中立派に立たされてしまった。
時間の停滞が始まったのは、街の一大産業である製鉄業を支える製鉄所の爆発から。街の心臓である製鉄所がなくなってしまえば街の衰退は火を見るより明らかであり、実際にひび割れから見えた世界は寂れていた。
時間の停滞は、街が一番元気だったころを閉じ込めようとしていたんだよという言葉は、人気の少ない地方都市をニヤニヤしながら歩く自分には嫌に刺さった。
寂れた街にもそこに住んでいる人が、住んでいた人がいて、自分が好きな過去の栄光の残滓は変化をいくつも重ねた結果の産物なのだ。
映画の中で大人たちが、恋をする女子中学生が、街を見守る神さまが、守ろうとした街の姿が変化した先にある寂れた街を歩いて自分は喜ぶ、なんだかとても嫌な奴ではないか。
映画のラストシーンで、廃墟目当ての客がよく来るんですよみたいなセリフがあったが、あのけだるい感じのタクシー運転手の物言いが揶揄に聞こえてしまうくらい、自分が責められているような気がした。

変化は良いものなのか。
女の子のような見た目を気にする主人公の、変化を重ねた上での現実世界の姿は、父親に似た逞しさが感じられたが、現実世界のヒロインを見て主人公はおばさん、という言葉を彼女に当てはめた。
変化が起きた街に人気は少なくシャッターが多く降りていたが、しかしラストシーンでひび割れの隙間から見えた花火はあまりに美しかった。
変化が良いものなのか悪いものなのか、もっと言えば、五美を変化の先の世界に返すのかどうか、多分答えなんかなく一人一人がどう感じるかの話でしかないんだろうな、と思うが、それでも主人公たちは五美を返すことを、変化を選んだ。あのラストシーンと主人公たちの選択はとても良かったと思うが、同時にまったく反対の選択をした先を見せられていたとしても、自分の中には納得感しか残っていなかったと思う。明確な正解もわかりやすい悪もないので、映画がどちらに転んでも違和感や制作側の意思が感じづらくなっている。映画でよくあるこういう流れ、が当てはまらない、本当に先の読めないラストシーンだった。

なんでもない序盤のラジオのお便りのシーンが、ラストシーンで全く意味を変えていたのもとても良かった。受験勉強に嫌気がさすことも、将来の不安を感じることも、死んでしまうことすらも、停滞した時間の中では許されておらず、この映画で主人公たちはこちらの道を選んだぞ!という強い意志が、あそこのラジオのシーンには詰まっていたと思う。揺れ動く天秤が傾いたままで動きを止めた合図が、あのラジオだった。

主人公たちが大人びすぎていないのもとても良かったな。
睦美ちゃんもかなり独特ではあったけれど、中身はちゃんと女子中学生だった。主人公が街の閉塞感から発したセリフが本屋や映画館のある街が良かった(うろ覚え)という内容だったり、主人公とヒロインの関係を訝しむ同級生の言葉は、あいつ絶対おっぱい触ってるよだったり、ちゃんと中学生だなぁキミたち!と叫びたくなる等身大さが本当に良かった。
世界観は特殊でも、刺激を求めて少し過激な遊びをしてみたり、学校生活に鬱屈感を覚え嫌気がさす様子が見られるのも、言ってしまえば現実世界の学生と大した違いがあるわけではないのだ。
不思議で曖昧な世界でもそこを生きる人間に説得力があると強い。キャラの良さもぜひ語っておきたかった。

睦美と五美の関係性はどう言葉にすれば良いだろうか。
まず思いつくのは親子だったり恋敵あたりだろうか。最初に思いつくのがこの二つというあたりがこの二人の間柄の特殊さを物語っているが、やはりこの二人の関係は様々な関係性が見られた劇中でもトップクラスで複雑なものだったと思う。

ただ、現実世界を生きる大人になったヒロインと、時間の流れに取り残されたあの街にいるヒロインは明らかに別物として扱われていたように思うので、親子と言う言葉はあまり正しくない。
では恋敵、はどうか。
個人的にはこの言葉が一番しっくり来ると思う。ラストの貨物列車での睦美と五美のシーン、あそこがかなり良かったのだ。
現実世界を、変化を手に入れることができる五美と、不確かな世界で主人公を手に入れることができる睦美の差が、はっきりと言葉にされていたのがとても良かった。
力強いまっすぐな言葉で五美に語りかける睦美ちゃんがとても素晴らしかった、あそこの上田麗奈さんもとても良かったな。

この映画、あらためて本職声優の良さを味わえるのも良かった。ヒロインの上田さんに主人公の榎木さんに五美の久野さん、皆さんとても素晴らしく、そして主人公たちとは相対する立場にいるヒロインの父親の佐藤さんと言う方がとても良かった。
聞き覚えのある声だなぁと思っていたが、四畳半タイムマシンブルースのメガネ先輩の人だ。あの人の声は一度聞いたら忘れられないが、この映画でもヒロインの父親の不気味さがめちゃくちゃに感じられたので、本当に強く印象に残っている。
ここ最近本職の声優さんではない人が声を当てているアニメ映画はいくつも見てきた。もちろんそれもとても面白かったし、正直自分も特に気にしてはおらず、その中で好きな作品はいくつもあるが、やっぱり声優さんは良いなぁとあらためて思わされた。
ただ主人公の叔父と父親は普通に俳優さんが声を当てられていたらしいのだが、全く違和感がなかったし自分は全然気づいていなかったので、これはただの好みの問題でしかないのだ。
大した耳を持っているわけでもないのに偉そうなことを言っているだけです。ごめんなさい。

とにかくとても良かった、上映時間は結構長い方だと思うが、退屈する時間がなかった。
言い忘れていたがもちろん映像の完成度も素晴らしく高かった。最近のアニメ映画はあのクオリティが当たり前になっていて大変だなと思う。


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