イタリア俳句協会の会誌「Haijin」にイタリア語訳された「日本における現代川柳のいくつかの傾向」

 日本の俳句・川柳は、五・七・五の十七音でできている短い詩です。俳句の元である俳諧は約五百年前に生まれました。その俳諧から生まれたのが川柳で、約二百五十年前のことです。

 そんなに古い文学が、現代の日本でどうなっているかというと、これが実に盛んに詠まれているのです。

 たとえば、「ごーしちご」と言うモバイル・アプリケーションがあります。これは、サイバーエージェント社が2014年8月19日(俳句の日)に、俳句や川柳を投稿して楽しめるスマートフォン向けコミュニケーションサービスとして公開したものです。ユーザーは、俳句・川柳にこだわらずに、五七五で何でもつぶやくことができて、それをおもしろいと感じた別のユーザーが「いとおかし」というniceボタンを押したり、コメントを五七五または七七でつけて会話していったりすることができます。いわば、五七五を使ったSNSです。
 このアプリケーションは、2014年10月末には、累計の川柳投稿が11万件、1投稿あたりの平均「いとおかし」数が20件にも達していて、大変ににぎわっています。筆者も毎日投稿していますが、とても楽しいです。
 俳句・川柳は、古い文学なので年配の方の趣味のように思われてきましたが、「ごーしちご」は、年齢層も幅広くて、10代のユーザーも数多く投稿しています。
2014年8月には「第一回俳句王決定戦」が行われて、

なつの恋
あついがそのうち
あきがくる…

という句を詠んだ、がりれおがりべんさんが俳句王に輝いたのですが、惜しくも入賞は逃したもののスタッフからの人気の高かった1句が紹介されまして、

しんでると
思ったセミに
おそわれる

という句を詠んだ、いぶきくんは、10代それも小学生でした!

このように、俳句・川柳は、現代でも多くの人に親しまれ楽しまれています。日本では、一年を通じてどこかしらで俳句や川柳のコンテストがあります。特に川柳は、俳句のような決まり事(季語など)がありませんから、とても多くの人に楽しまれています。

 俳句のコンテストとしては、伊藤園の「お~いお茶新俳句大賞」が今年で第二十六回を迎えます。
川柳のコンテストは、有名なものだけでも、TOTOの「トイレ川柳」が今年で第十回、境港市観光協会の「妖怪川柳」が今年で第九回、オリックスグループの「オリックスマネー川柳」が今年で第十一回、第一生命の「サラリーマン川柳」が今年で第二十八回を迎えます。
川柳のコンテストは、このように、「トイレ」や「妖怪」などテーマを絞って募集することが多いです。どれも特徴があるコンテストですが、現代ならではのものとして、ここでは「IT川柳」を取り上げたいと思います。

「IT川柳」は、文字通り「IT」つまりInformation Technologyに関係のある川柳を募集するコンテストです。この「IT川柳」は、実に多くの会社や団体がコンテストを行います。そしてそれ以外にも、Twitterで自然発生的に詠まれることもあります。「#IT社畜川柳」のタグをつけて詠まれた多くの句が、ネット上にまとめられているのを見ることもできます。
「IT川柳」の起源はわからないのですが、おそらく最も古いものの一つとして、NTTコムウェアが運営するサイト『COMZINE』での「IT川柳」が挙げられるのではないかと思います。

『COMZINE』は「知的好奇心をくすぐる」ようなサイトを目指していて、「IT川柳」は、2003年5月公開の6月号からスタートし、毎月(2014年から隔月)、特選と入選を選び、その特選の中から年に一回開催する「ベストオブIT川柳」で年間ベストを選んでいます。選者は、2004年の6月号から落語家の立川談幸さんです。
最初は、広く「IT 」にまつわる句を募集していましたが、2006年の6月号から「お題」としてテーマを決めて募集するようになりました。例えば、

お題「パスワード」
パスワード
九官鳥が
ふと漏らす
   はじめ(2007年第四回ベストオブIT川柳受賞)

 お題「再起動」
デザートが
出て胃袋が
再起動
   わくらい(2012年第九回ベストオブIT川柳受賞)

また、こちらの「IT川柳」では、講評の最後に選者の立川談幸さんが、一句詠んでくださっていて、それも読者の楽しみの一つになっています。

お題「コピペ」
コピペ文
脳を素通り
する知識
   (2012年3月号)

 お題「つぶやき」
つぶやけば
どこかで見てる
拾う神
    (2013年4月号)

 さて、「IT川柳」は、現代らしいテーマの川柳ですが、現代の、それも日本特有の文化をテーマにした川柳と言えば、インターリンク社の「オタク川柳」であると言えましょう。
 インターリンク社は、2005年に「IT川柳」のコンテストを開始して、2006年の第二回、2007年の第三回までは「IT川柳」のコンテストを開催していましたが、2008年から「オタク川柳」のコンテストを、第四回として開催し、2014年で第十回になります。(第十回の発表は2015年3月です。)
 この「オタク」をテーマにしたコンテストに切り替えたのが英断でした。
 他に類を見ない川柳が集まって、注目を集め、マスコミにも取り上げられるようになり、今では秋の川柳コンテストとして有名になっています。
 特に個性的で話題になったのが、次の句です。

デュフフフコポォ
オウフドプフォ
フォカヌポゥ
    文郎 (第七回あなたが選ぶオタク川柳大賞4位受賞)

これは、オタクと呼ばれる人種の笑い声です。独特な笑い方をするので、そのまま文字化したものです。オタク以外には全く意味がわかりません。

 そもそも、「オタク」とは何なのでしょうか?

 色々な説明がありますが、「ある事に対して、深い興味と圧倒的な知識と執着を持つ人を、少しからかい気味に言う言葉」、としておきましょう。

 もともと「オタク」は、アニメ・漫画・ゲームに夢中になりすぎて日常生活に影響が出るほどの、少数の人を指していたのですが、近年、オタクの対象も広がり、オタクと言われる人の範囲も広がって、「オタク」は以前より比較的多くの人を指すようになっています。

 インターリンク社の「オタク川柳」では、エントリー部門が、
アニメ・声優・漫画
ゲーム
映画・音楽
アイドル・メイド
鉄道・乗り物
美容・ファッション
腐女子・BL
歴史・城
IT・インターネット
格闘技
その他
と、なっております。

この中の「その他」の幅が実に広くて、ほとんど全ての事柄が当てはまります。オタクかオタクでないかは、「こだわりがあるか、ないか」の点だけです。

例えば、ITについての川柳ならば、「IT川柳」ですし、ITにかかわっているサラリーマンの生活や感情を詠んだ川柳ならば、「サラリーマン川柳」になります。しかし、ITに対して、「深い興味」「圧倒的な知識」「ITへの執着(こだわり)」を詠んだ川柳なら、「オタク川柳」になるのです。

以上が、「狭い意味での」オタク川柳の定義です。

しかし、主催のインターリンク社の見解は、やや異なるようです。

オタク川柳は、「気軽に、自由な発想で詠んで欲しい」と考えていらっしゃるようで、毎年「IT川柳のような」オタク川柳、「サラリーマン川柳のような」オタク川柳など、色々な要素が入った「オタク川柳」が、候補に上がります。上記の「デュフフフコポォ」の句のように、全く新しい視点から詠まれた句も、選ばれて受賞してきました。

川柳の原点は「面白い」と感じることです。「オタク川柳」には、「オタク」であることに苦労しつつもそれを楽しみ、「笑い」に昇華させた句が数多くあります。

IT化が進んだ現代を詠んだ「IT川柳」は、あなたも「あるある」と、頷けることが多く詠まれていると思います。
そして、現代日本の文化の特徴の一つ、「オタク」を詠んだ「オタク川柳」は、新鮮な驚きと笑いの世界にあなたを誘ってくれることでしょう。

------(以上原文)------

これをイタリア語訳して注釈をつけてくださったのは、イタリア在住ロシア人俳句川柳研究家バレリアさんです。

バレリアさん、本当にありがとうございました!

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