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ビジネス化の波を受け、岐路に立つ大学スポーツ

米国の大学スポーツを統括する全米大学体育協会(NCAA)と、スポーツ強豪校が顔を並べるサウス・イースト・カンファレンスなど5つの団体(パワー5)は、大学側が選手に報酬を支払うことを容認する方針で合意した。

米国の大学におけるバスケットボールやアメリカンフットボールは、プロ並みの観客を集める人気スポーツとして昔から有名だ。巨額のスポンサー収入やテレビ放映権料収入は、NCAAや大学の懐に入っていたのが、今後はその「分け前」が大学から学生本人に直接支払われるというわけだ。

背景には学生アスリートによる権利の主張がある。Name(名前)、Image(画像・映像)、Likeness(肖像権)の頭文字をとって「NIL」と呼ばれ、かつては学生が自分のNILを商業利用することは禁じられていた。しかし、学生側から「権利解禁」を求める訴訟が相次いだため、2021年にNCAAはNILの規制を解除。その結果、学生がスポンサー企業と契約を結び、巨額の報酬を得るケースが出てきた。

今回はさらに大学が学生に報酬を支払うという措置まで認めざるを得なくなった。これまで優秀な選手に認められていたのは、奨学金による特典に過ぎなかったが、今後は大学が学生とビジネス上の契約を結ぶ関係になるだろう。「学生」とは名ばかりのプロ選手を大学が奪い合い、商業化がさらに加速していくに違いない。

たとえば、岩手・花巻東高の強打者として活躍した佐々木麟太郎が、今春から米スタンフォード大へ留学したが、もし大学から報酬を得るような選手になった場合、佐々木は学生なのか、プロアスリートなのか、という問題も生じる。そうなれば、発給されるビザにも影響が及ぶだろう。

1906年に設立されたNCAAは、学業とスポーツを両立させるための規定を詳細に定め、スポーツ偏重の学生生活にならないことを重視してきた。日本の高校野球で学生野球憲章に違反する特待生が問題となった時も、新制度を作るためにNCAAを手本としたほどだ。しかし、今やビジネスが巨大化し、米国の大学スポーツがアマチュアリズムを堅持するのは難しくなってきた。

日本でもNCAAのような組織を目指し、2019年に一般社団法人「大学スポーツ協会(UNIVAS=ユニバス)」が設立された。日本の大学スポーツを統括する団体はなかったが、全体の活性化を促すためには、競技の垣根を取り払った横断的な組織が必要との認識の下、「日本版NCAA」と呼ばれる組織がスタートしたのだ。

UNIVASの公式サイトでは現在、各競技の動画配信などが行われているが、今のところ、目立ったビジネスが展開されているわけではない。知名度もまだ高くはなく、スポンサーも少数だ。サイトには「UNIVASの意義」がこう記されている(https://univas.jp/meaning/)。

「大学スポーツの主役は学生であり、学生が所属する運動部・大学・競技団体です。UNIVASはそれぞれの活動を支援して、大学スポーツの振興と大学スポーツを楽しむ学生の増加を目指しています。おもな活動のテーマは3つ。まずは、運動部学生の将来的なキャリアを見すえ、人間力の向上を支援する『学びの充実』。そして、運動部活動や試合・大会の運営環境を整備し、運動部学生の心身を守る『安全安心な環境の確立』。さらに、試合動画の配信や表彰制度などを通して大学スポーツの醍醐味を伝える『大学スポーツの認知拡大』。これらを主軸に、さまざまな支援の取り組みを行っています」

新型コロナウイルス禍の自粛も終わり、日本の大学スポーツは活気を取り戻しつつある。6月初めに神宮球場で行われた東京六大学野球春季リーグ戦、早慶戦には2日間で5万8000人(1回戦=3万人、2回戦=2万8000人)もの観客が詰めかけた。大学スポーツの単独試合としては、破格の観客数だろう。

3万人の観客を集めた早慶戦の1回戦=筆者撮影

商業化の波も押し寄せている。箱根駅伝では2021年から各大学のランナーのユニホームに企業スポンサーのロゴを入れることが解禁された。正月の2日間、長時間にわたってテレビで生中継されるメディア露出の高い大会だ。トップを走る大学であれば、広告費に換算して十数億円もの効果が見込めるという話もある。ユニホームだけでなく、シューズにもスポーツ用品メーカーの思惑がうごめく。

UNIVASの関係者は、今回のNCAAの方針をどう見ているのだろう。米国のような方向で活性化を目指すのなら、選手のプロ化もやむなしとなるかもしれない。そのためには学生の肖像権保護も含めた商業権のルールが欠かせない。一方、従来通り、学生の本分を大切にするのなら、改めて本来あるべき姿を問い直し、明確な方針を打ち出す必要がある。岐路に立つ大学スポーツ。しっかりと議論すべきテーマだ。

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