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部活動の不祥事とメンタルヘルスの関係

部員による違法薬物の使用で日大アメリカンフットボール部が廃部となるなど、体育界系の部活動で不祥事が後を絶たない。高校でも上級生による暴力やいじめなどが常に問題となっている。根本的な原因を考えると、そこには選手たちのメンタルヘルスが関わっている。その鍵を解く一冊の本がある。


閉鎖的な環境が選手を追い込む

近ごろ発売された『10代を支える スポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)は、若いアスリートたちが陥る精神的な問題を詳細に分析している。著者の小塩靖崇(おじお・やすたか)さんは、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の研究員であり、アスリートと一緒に「よわいはつよいプロジェクト」という、スポーツ選手の心の問題に取り組んでいる人だ。

同書の中で小塩さんは「スポーツ界特有の価値観や文化=『空気』を見直すことです」と忠告している。部活動の現場で起きるさまざまな不祥事には、この「空気」が影響しているという。

問題が生じやすい原因として挙げられるのが「閉ざされた環境」だ。スポーツ推薦があるような強豪校では、遠隔地から入学してくる生徒や学生も多く、寮が設けられている学校は多い。部専用の寮ともなれば、学校でも部活動でも寮でも、大半が同じ仲間との生活になる。一部の強豪校では、「スマホ禁止」などで外部との接触を遮断し、競技に専念させようとするケースも見受けられる。

小塩さんはこう指摘する。

「『閉ざされた環境』をもつ部活動やチームでは、古くからある固定的な価値観や文化、暗黙の了解として浸透しているルールが存在しています。そのため、新入部員はまずそのチームでの『正解』を察知することに精神的労力を割いたり、暗黙の了解を知らないことで理不尽に怒られるという体験を重ねたりして、大きなストレスがかかるでしょう」

『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』より

そうした暗黙の了解が、自然と権力構造を生み出す。指導者と選手、先輩と後輩、レギュラーと非レギュラー……。プライベートな時間も少なく、閉ざされた環境ゆえに相談できる家族も身近にいない。息苦しい生活の中、ストレスを一人で抱える。そんな時、不安や不満を吐き出す手段として、ふとしたきっかけから、薬物や飲酒にのめり込んでしまう――。

若い頃の濃密な時間を同じ仲間とともに過ごすことで一体感が生まれ、親元を離れて生活することで人間的に学ぶこともあるだろう。しかし、そのメリットを考えても、選手を精神的に追い込む環境には問題点が多いのではないか。

アスリートにのしかかる重圧

問題は寮生活における人間関係だけではない。競技面での重圧がさらに拍車をかける。スポーツ推薦や特待生で入学してきた生徒や学生なら、なおさらだ。チーム内の競争の中で、常に自分が選抜されるかどうかの評価にさらされる。選抜されると、次は試合で活躍できるかどうか。大会で優勝できるかどうか。その先にはさらに進学、就職のルートが開けるかどうか、という問題もある。

不振の時もあれば、負傷で試合に出られない時もある。競技種目によっては、体重別で減量を伴うケースもある。そうなれば、食事制限との闘いが待っている。精神が不安定になる要素は数知れずあるのだ。

うつ病や抑うつ状態や摂食障害、不眠症、パニック障害、オーバートレーニング症候群、燃え尽き症候群、女子選手の無月経など、症状はさまざまだ。スポーツに打ち込むがゆえに生じる疾患である。

かといって、スポーツをすぐさまやめられるものでもないだろう。近年、スポーツではフィジカルと同様、メンタルケアの重要性が指摘されている。では、どうすれば、ケアできるのか。

「アントラージュ」という存在

近年、スポーツ界では「アントラージュ(Entourage)」という存在が注目されている。フランス語で「周囲にいる人」という意味だ。国際オリンピック委員会(IOC)は、こう定義している。
アントラージュ|JOC - 日本オリンピック委員会

「アントラージュとは、マネジャー、代理人、コーチ(教員を含む)、トレーナー、医療スタッフ、科学者、競技団体、スポンサー、弁護士、選手の競技専門職を宣伝する個人、合宿施設を整備し、集中的に選手強化を進める法人、家族など、選手と関わりを持つすべての人々を指し、なおかつこれらの人々に限定されない」

選手の心の状態をより善く保つために、「アントラージュ」の役割は大きいといわれる。単にメンタルトレーナーだけの仕事ではない。周囲の人たちが選手の日々の言動に気を配り、助けを求めやすい環境をつくってあげる。小塩さんはその重要性を強調し、「選手から相談を受ける際には、話を聴くことに専念すること」と述べている。指導するという態度で接すると、それがやがて指示になり、抑圧的になることもある。ただ、選手の精神的な不調が2週間以上続く時には、専門の医療機関につなぐべきだという。

「コーチ」の語源は馬車

「コーチ」という言葉の語源は、ハンガリーの街、コチに由来するといわれる。この街では古くから馬車が生産されていた。つまり、乗っている人を目的の場所へ運ぶという意味からそう呼ばれるようになったという。

日本サッカー協会では、指導者向けにそのような解説もしている。
https://www.jfa.jp/coach/official/role.html

「語源からくるコーチ(Coach)は、学習者やスポーツ選手を馬車のように下から支え、安全・快適に目標達成の手助けをしてくれる人を指します。その意味では、指導者(コーチ)は常に選手や子どもたちのことを支え、上達の手助けになる存在でなければなりません。上から目線で怒鳴り散らし、理不尽なことを要求することは、本来の意味からかけ離れています」

スポーツ界の問題だけではないかもしれない。職場や教育現場でも、十分起きうることだ。指導する人をはじめ、周囲の配慮やサポートが、メンタルの問題を未然に防ぐことにつながる。心の不調を抱えた人が決して弱いのではない。弱さをさらけだせるような環境づくりがまずは大切だ。

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