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パリ五輪に無条件で出場するイスラエルの歴史的背景

パリ・オリンピックは、世界で二つの「戦争」を抱える中で開幕を迎える。ウクライナに侵攻したロシアと、それに協力したベラルーシの選手は国家の代表としての出場を禁じられている。一方、パレスチナ自治区ガザに攻撃を続けるイスラエルは何の条件もつけずに出場できる。この違いは何なのか。


ロシアとベラルーシは出場が禁じられているのに

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、ロシアがウクライナ東部の一部地域のスポーツ組織を併合したことが「ウクライナ・オリンピック委員会の領土一体性を侵害しており、五輪憲章の違反にあたる」との立場を示している。

ロシア、ベラルーシ両国の選手は国家の代表として五輪には参加できないが、侵攻を積極的に支持していないことなどを条件に、個人資格の「中立選手」として出場が認められている。

6月末段階で、両国からは40人の参加が見込まれており、内訳はロシア国籍23人、ベラルーシ国籍17人。競技別では自転車のロード種目で5人、体操のトランポリンで3人、重要挙げで2人、レスリングで16人、ローイングで2人、射撃で2人、テニスで10人となっているという。

一方、イスラエルの出場可否について聞かれたバッハ会長は「何の疑問もない。(大会中も)安心して過ごしてほしい」と容認する考えを明かしていた。確かにイスラエルはロシアのように、パレスチナのスポーツ組織を併合しているわけではない。ただ、あまりにもロシアと異なる態度だけに、ロシア側からは「二重基準ではないか」との批判も上がっている。

「五輪休戦」の願いは形骸化

本来は「平和の祭典」であるはずの五輪だ。古代オリンピックの故事にならい、開幕を前にして、国連総会で「五輪休戦決議」が採択されるのが、1994年リレハンメル冬季五輪以降、恒例となっている。決議は五輪とパラリンピックの前後1週間を含む期間中に適用される。

古代ギリシャでも都市国家(ポリス)間での争いごとが絶えなかった。しかし、オリンピックが開催される時は、選手がオリンピアまでの道を安全に往来できるよう、すべての紛争を休止するならわしがあったのだ。

パリ五輪を控え、昨年11月に開かれた国連総会では、日米など118カ国の賛成多数で五輪休戦決議案が採択された。しかし、反発するロシアとそれに同調するシリアが投票を棄権し、他にも73カ国が投票に参加さえしなかった。

ロシアは過去に3度、五輪休戦決議に違反している。2008年北京五輪時には開会式の日にジョージアへ侵攻。2014年ソチ冬季五輪ではウクライナ領のクリミア半島に攻め込み、2022年北京冬季五輪では再びウクライナを攻撃した。

イスラエルは今回、五輪休戦の決議案に賛成票を投じたが、開幕が迫ってもガザへの攻撃を続けている。これに対し、IOCは何の声明も発表していない。そう考えると、五輪休戦の決議は形骸化していると言わざるを得ない。

忌まわしいミュンヘン五輪のテロ

なぜIOCはロシアとイスラエルで対応を変えているのだろうか。それを分析するには、忌まわしい1972年ミュンヘン五輪のテロ事件に立ち返らねばならない。

五輪の開催中、ミュンヘンの選手村にパレスチナの武装組織「黒い九月」が侵入し、イスラエル選手団を襲撃した事件だ。犯行グループは選手らを人質にとり、イスラエルに収監されているパレスチナの政治犯の釈放を要求。最終的に人質を連れてヘリコプターでミュンヘン空軍基地へ行き、そこで警官と銃撃戦となった。亡くなったのは人質11人と犯行グループ5人、警官1人の計17人。五輪史に残る最悪の惨事となった。


ミュンヘン・オリンピック公園に設置された犠牲者の慰霊碑=「Wikimedia commons」より

イスラエルとパレスチナという関係を考えれば、今回もテロへの懸念が拭えない。そして、ドイツ人のバッハ氏がIOC会長という点にも着目すべきではないかと思われるのだ。

ナチス・ドイツのユダヤ人迫害も影響か

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツがユダヤ人に行った迫害・虐殺は、歴史から消そうとしても消えない残忍な行為である。戦後、欧州にいたユダヤ人は、祖先が住んでいた中東パレスチナの地に渡り、1948年にイスラエルを建国した。その結果、パレスチナのアラブ人たちが住む場所を追われたのだ。


ナチスのシンボル、ハーケンクロイツの旗が翻ったベルリンの街

このような歴史を思い起こせば、バッハ会長がドイツ人として、イスラエルの扱いに慎重になるのも理解できる。大会中は「安心して過ごしてほしい」と言ったのも、ミュンヘン五輪のようなことはない、という意味であり、ユダヤ人に対する配慮でもあるのだろう。イスラエルを五輪から除外することは、ナチス時代のユダヤ人排除を連想させることにもなるからだ。

ただ、そうは言ってもイスラエルの武力攻撃に沈黙を貫いているのは、「平和の祭典」を挙行するIOCとして、最もなすべき役割を果たしていないといえるのではないか。近代オリンピックの創始者、ピエール・ド・クーベルタンの故郷で行われるパリ五輪。IOCはうわべだけの「平和」ではなく、戦争なき世界への貢献を果たさなくてはならない。

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