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読書の秋「車のいろは空のいろ 白いぼうし」

「これはレモンのにおいですか?」…「いいえ、夏みかんですよ。」そのやりとりで、私の記憶がよみがえった。

このお話、読んだことがある。

実際に「もぎたての夏みかん」の香りを嗅いだことは無い。しかし、そのみずみずしい甘酸っぱい香りを、物語の中で確かに感じた。

「車のいろは空のいろ 白いぼうし」はあまんきみこさんによる、連作短編形式のファンタジーで、あたたかいお話や、少しだけ胸がキュッとするお話などが収録されている。
 
 このお話の主人公であるタクシー運転手の松井五郎さんは、タクシーの運転手で、お客さんの望む場所に送り届けてくれる。しかし松井さんのタクシーには、ときに奇妙なお客さんが乗車する。松井さんは思わず「おりてくださいよ。」と言ってしまうこともあるのだが、この本を読み終わる頃には、人間以外のものを受け入れ、寄り添っていこうとする松井さんの姿がある。

 大人になった私は、散髪している次男を待つ間、車の中でこの本を読んだ。

暖かな日差しの中、運転席で本を読んでいる私は松井さんになり、「空色のタクシー」に乗ってお話の中を走る。

「しゃぼん玉のはじけるような」声を聴き

「くましんし」のふくらんださいふを届け

「キツネコンクール」で一等になり、あぶらのにおいがむーんとする、あぶらげ十三俵をもらった。

 小さい頃、私は私のタクシーに病気というお客さんを乗せた。病気というお客さんはなかなかタクシーから降りてくれず、半年ほど入院生活を強いられた。窓の外を眺めることが日課だった。

 白い世界。

 白い壁に白いシーツ、白い空。

 白い服を着た人達が廊下を行き交い、ときに慌ただしく動き回る。

その頃は、自分で白い世界を塗り替えることができなかった。
 
私は、母の勤めている病院に入院したのだが、母は仕事があるため日中は付き添えない。そんな母の代わりに、母方の祖母が付き添いをしてくれた。

 病院が嫌で仕方なかった私は「早く退院したい」、「家に帰りたい」と毎日のように祖母にせがんだ。祖母は、私の気を紛らすために絵本を読んだり、民話を聞かせたりしてくれた。祖母はどんなお話の中にも連れていってくれた。

 まほうのじゅうたんで空をとび

 柱時計の中にかくれて息をひそめ

 お菓子の家の甘い匂いにさそわれ

 地蔵が米俵を引っぱりながら歩く音をきいた

痛みも、苦しさも、寂しさもお話の世界には存在しない。絵本や祖母の語る民話は、私の白い世界に色を添えてくれた。

 退院した後も、通院生活は続いた。幼稚園児だった私は、実家の祖母とバス停まで行き、そこから一人でバスに乗せられ、母の待っているバス停で降りる。母は自分の仕事の合間に、私の診察に付き添い、仕事が終わるまで仕事場の隅で座って待つように言った。

 私が塗り絵をしたり、絵を描いたりしながら待っていると、母の職場の人たちが私の塗り絵を褒めてくれた。それが嬉しくて、少しだけ通院が楽しみになった。私は病気と付き合うのが上手になっていた。

 小学校に入学する頃には、通院もほとんどしなくていいほど元気になっていた。病気というお客さんは私のタクシーから降りたのだ。
 
 自分にふりかかる普通ではない出来事に、初めは後退りしてしまうけれど、だんだんそれは普通になり、やがて懐かしい思い出になる。

 私のタクシーに、この先どんなお客さんが乗ってきても大丈夫。それが自分にとって好ましくないお客さんでも、きっと仲良くなれる。

白い世界も自由に塗り替えられるはずだ。

【終】


フォロワーの皆様へ

読んでくださってありがとうございます😄随分と更新まで時間がかかってしまいました。
すこぶる元気だったのでご心配なく(*‘ω‘ *)

またのんびりと続けますのでよろしくお願いいたします(*´∀`)♪

皆さんも「車のいろは空のいろ」シリーズ、読んでみてください🤓

切り絵は松井さんのタクシーとみどりネコタクシーです。

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