石原夏織 Face to Face @中野サンプラザ

石原夏織の1stライブツアー Face to Faceは2020年2月24日(月)、東京都中野サンプラザにて千秋楽を迎えた。本当は記念すべき1stツアーをすべて共にしたかったのだが、私はのっぴきならない事情に涙を飲んで中野公演のみの参加となった。この数ヶ月間、声の届かないところでひたすらツアーの成功を祈り続けていた。私は今日の今日まで、ホールの座席につくまで、いや、ついてもなお、自分がここにいていいのか自問自答を繰り返すのだった。

そういうわけでプレイリストをどうぞhttps://open.spotify.com/playlist/1ODkOJLNjP8M4e9a4Zflu4?si=zlituWNeSFyS9qCq2UKnbA

ホールに入ると

ライブ会場で開演前に流れている曲、というのはスタッフの趣味なのだろうかといつも邪推する。よくテイラー・スウィフトだったりクラシックだったりオルタナティブ・ロックだったり色んな曲が流れているが、ここでアーティスト本人の曲を流すのはちょっと違うよなあといつも思う。それはこれから石原夏織で満たされる空間に小さな緊張感を与えてくれる。

クラシックコンサートに行ったことのある人ならわかるだろう。ささやき声のような小さな音がホールの一番うしろまでしっかりと届き、大きな音も耳につんざくことなく、その低い音が空気を震わせ、私の胸を「こんこん」と叩く。ザラつきのない、なめらかなシルクの空気が耳から、首筋から体に染み渡り、ここが非日常の空間であると認識させてくれる。

一歩会場に足を踏み入れMichael BubleのHaven't Met You Yetを耳にしたとき、それはもう僕はこのサウンドチームに自らのすべてを委ねてしまいたいと思ったほどだった。

オープニング

開幕映像とともに流れる音楽も、環境音とともに石原夏織のいる映像空間を我々に触れることのできるリアルとして表現する。石原夏織が今日という日をどれほど楽しみにしてきたのか。彼女が手帳を開くと、今日の日付のところに「中野サンプラザ」と書いてある。その心憎い演出に僕は声にならない嗚咽をこらえることで必死だった。「みんなに会いたいよ」その文字が本当の彼女の本心であることを、僕らは知っている。「僕も会いたかった。」声にならない思いが胸に溢れたところで、堰を切ったように花が、舞う。

1.Blooming Flower

ステージは暗く、黒が基調。上段メインのモニターのサイドに縦型の細いLEDパネルが左右に2本ずつ。そして下段・階段の左右に1枚ずつのLEDパネル。ステージ上に舞う無数の花びらはモニターを飛び出し、闇という闇を埋め尽くすように下から勢いよく舞い上がった。黄色い花びらで埋め尽くされたその中央で真っ白な光を浴び、青いグラデーションのかかったロングドレスを着た石原夏織は、最高の笑顔で歌い出した。

SSSではメインセットリストの最後、そしてアンコールの最終曲で2回を披露し、その思いを僕らと共有したBlooming Flower。その曲を1曲めに持ってくることで、SSSと連続した世界がつながっていること。あの1日がきちんと未来につながっていることを体験する。

2.半透明の世界で

過去の美しい思い出に浸っている暇は与えられない。力強い歌声は「強すぎる曲」で、石原夏織としての核たる部分を持ち、誰にも侵されない、強い存在の証明。それがこの「半透明の世界で」である。

ホワイトからブルーのグラデーションを持つはじめの衣装は、Blooming Flowerのためであり、半透明の世界でのために仕立てられた天の羽衣である。どこからか強い風が吹いた気がする。僕らは水飛沫と白の境界線を彼女のドレスの上に見つけ出すのだ。

彼女の背後からまばゆい光が射したとき、意図的に作られた逆光の中で彼女は得意げな笑みを浮かべていた。

3.CREATION ✕ CREATION

少し緊張と興奮の残るMCをはさみ、アップテンポなCREATION✕CREATIONが始まる。笑って、笑って。彼女に笑いながら手を引かれる。自然と体はリズムを刻み僕らも笑顔で手を振り返す。それに応えるように

4.ポペラ・ホリカ

さあもっと。照れないで。

石原夏織が描き出すハッピーな世界はより加速する。MCで言葉を重ねる以上の”煽り”。ダンスも激しさを増していく。彼女は激しいダンスをダンサーズと踊りながら、掛け合いのあるダンサーに目線を飛ばす。ダンサーと一緒に踊ることを心から楽しんでいるようで、ニヤけに近い笑顔を見ていて僕もよりハッピーになっていく。

5.Clover Wish

カヴァーソング枠は、自身も出演している現在放送中のTVアニメ「推しが武道館へ行ったら死ぬ」の主題歌、Cham JamのClover Wish。私はまだアニメを見ることができていなかったので、今日が初めてのリスニングだった。

思い出すのはゆいかおりのBright Canary Brightest Stage。実際に武道館へと立った。あの日、パシフィコ横浜で共に泣いて分かち合った喜び。一緒に歩いた武道館への道。こんなに早く叶うなんて。史上最高の舞台は誰の記憶にも、鮮やかだろう。あの日の気持を確かめるように、僕らは見つめ合った。

6.Crispy Love

乙女ゾーンに突入した石原夏織はささやくような温かい声音でCrispy Loveを歌う。可愛らしく体を揺するダンス、思わず慣れない振りコピをしてしまうくらいには、彼女しか見えない。

7.Orange Note

SSSのときにも熱い言葉でこの曲を褒め称えたことを覚えている。恋する乙女、少女だった女の子は、少女から大人の女性へと変化する微妙な時期を迎える。甘えたい、でもそれはしたくない、揺れ動く心、惑う言葉。でもそれと裏腹に大人の女性の表情で誘惑する。石原夏織にしか歌えない、微妙な心だ。

ダンスに合わせたVJエフェクトも健在。メインモニターは彼女を捉え、オレンジ色のエフェクトが、照明が、レーザーが、少女の一瞬の美しさを持つ花を讃えるように蜜蜂のように縦横無尽にステージで踊り狂う。

8.empathy -winter alone ver.-

ステージに一枚、ヴェールがおちる。ブラッククロームのドレスが浮かび上がると、メインモニターに曲名が浮かび上がる。empathyのスペシャルバージョンだ。ヴェールを通したプロジェクション、歌姫は雪の中で言葉を紡いでいく。

シッティングで客席が見守る中、一歩も動かず、石原夏織は歌い続ける。ペンライトをつけることも忘れ、祈るような思いで私は彼女を見つめていた。

SSSでの雨模様リグレットの雨エフェクトを進化させた、新しい手法。レーザーを使った雨エフェクトはカメラのリフレッシュレートを利用しているので肉眼で見ると効果が伝わりにくく、映像向けの演出だったと思う。その真価は確かにブルーレイディスクで発揮されていた。今回の”ヴェール”の演出は、会場にいる人にも十分に演出が伝わり、そしてステージという囲まれた空間を感じさせず、空間の連続性を持たせることに成功している。そして花や雪、みぞれ、雨といった他の天候効果も演出できた。またレーザーは演者の衣装や体に触れたとき、まばゆい反射光を出す。これも幻想的な効果の一部であると私は認識している。

しかし驚くべきことに雪や雨を映すヴェールは、スポットライトの強い光を貫通させ、ヴェールの奥に佇む石原夏織をやさしく浮遊させたのだ。ステージを覆うフォグとも相まって境界が曖昧となった夢幻の空間の中で、歌姫はリアリティを超越した存在となる。


9.雨模様リグレット

雨模様リグレットは前述したとおり、SSSでため息が出るような最高の演出とともに披露された。今回も同様の演出がなされるかと思いきや、empathyと合わせてヴェールの演出がされた。ステージはempathyよりもSSSよりも明るく、新しい表現の解釈が為されていた。

雨模様リグレットは雨に打ちひしがれ、泣き、縋るように歌う曲ではないのだ。regret = 残念、後悔などの意味を持つ。悲しい思い出に浸り、泣き叫ぶのだろうか。SSSのときの演出はそのようだと思っている。でもFtFでの演出ではそのSSSのときの泣き叫んだ過去を、同じような雨、同じような空の下で、ふと思い出した女性の”困惑”を自嘲気味に歌う、そんな印象をうけた。それは一種の諦観だし、でもどこかにまだ希望を残している。未練のような、後悔のような、でも戻らないことはわかっているのに、なんで思い出したんだろうと。

そんな表現の幅は石原夏織の歌声からも、物悲しいトーンが消えたことで明らかだったし、雨に打たれる彼女が、世界から取り残されているかのような演出よりも、こうした思いに耽るときですら明るく時が流れていくことを、舞台効果により演出されたことからも読み取ることができるのではないか。

たった1年で、ここまで石原夏織は成長するのだろうか・・・?

10.Taste of Marmalade

MCで、「みんな座ってていいの~?」っといたずらっ子の表情で僕らを煽った彼女は、今回のライブの目玉というべき、Taste of Marmaladeに一歩を踏み出した。ビッグバンド・サウンドは我らが俊龍氏の作曲によるもの。俊龍サウンドとしても、石原夏織としても珍しい90年代を彷彿とさせるの大人なポップスを石原夏織はどう歌うのだろうか。

イントロが始まると、彼女はハンドマイクを舞台上手に差し出す。ダンサーの一人がうやうやしくそれを受け取ると床に置き。下手から現れた別のダンサーがスタンドマイクをセットする。胸が高鳴っていた。石原夏織の新しい姿を予感した。

あのブラッククロームのきらびやかな衣装は、empathyと雨模様リグレットの演出のためでもあったが、本質はこの曲にある!すべてはTaste of Marmaladeのためだったんだ!!

叫びたかった。

でもそんな僕らの唇をそっと人差し指で封じるように、彼女は歌い出す。スタンドマイクを指でなぞり、しなをつくり、彼女は自分の世界を広げていく。ダンサーズも扇情的に、互いにステージを高めていく。彼女はドレスを指でたくし上げたり、指を一本一本折り重ねていきながら、マイクを大事なもののように包んでいく。そのホンモノの大人の表情に身震いがした。こんな表情もできるのか・・・!!

なにより、Taste of Marmaladeを決定的に印象づけたこのドレスが、empathyと雨模様リグレットと同じ衣装というのが未だに衝撃でならない。毛色の違うセットリストを全く異なるベクトルで、Taste of Marmaladeにつなげていったのは演出効果もさることながら、纏う空気を一瞬で妖艶なものへと変化させた石原夏織の表現力である。マイクを差し出すその動作の優雅さ、女性的な柔らかさ、そして1フレーズ目の発音。

総合芸術的手法で、この曲は石原夏織を表す代表曲の一つとなった!

11.Singularity Point

会場は暗転し、映像によりダンスバトルがメインモニターに映し出された。石原夏織の衣装チェンジが目的なのは自明なので、このときに映像とステージ上のダンサーズの掛け合いをみたかったので、少しここは間延びした感は否めなかった。

とはいえ、Singularity Pointの予感は、真っ赤な照明が鼓動する場転で示唆されていた。だから僕はその瞬間を、ある種の確信を抱きつつ迎えた。満遍なく配置されたレーザー光は客席をも飲み込み、すべての照明がパフォーマンスを数段も引き上げる。石原夏織自身も、力の抜けた伸びやかで力強いダンスで応じる。彼女がこれまでのキャリアの中で磨き上げてきた、集大成と言えるべきダンスパートが始まるのだ。

12.RayRule

ダンスとシンクロしたVJ、照明チームが本気を出しすぎてブレーカーを飛ばすのではないかと心配になるくらいの光の奔流、そして体を内側から破裂させるのではないかと言わんばかりの重低音が客席の歓声をも打ち消さんと挑みかかってくる。RayRuleのボリュームとイコライジングは明らかに特別なのだ。

彼女は「かかってこれる?」と得意げに、自慢のチームを背後に携えて手招きをする。僕らはそれに受けて立つ。僕らだって負けてはいられない。

13.TEMPEST

RayRuleで僕らを押しつぶさんとばかりに圧倒した石原夏織は、TEMPESTという暴風で更に僕らを窮地に立たせる。

TEMPESTにおいてはダンスよりも歌唱力に比重を置き、ダンサーズに見せ場を多く作っている。より激しくダンサーズをけしかけ、僕らに襲いかかってくる。スモークマシンが煙を吹き上げる。暴風が何もかも奪い去っていくように。アリーナだったらこれが炎になるのだろうか。TEMPSTにはまだまだ隠し玉がいっぱい用意されている気配がする。このチームには予想を裏切られてばかりだ!

14.Face to Face

「つぎで最後の曲になります!」

僕は本当に唖然とした。嘘だろ。まだ始まったばかりじゃないか。激しいダンスパートで興奮の絶頂にあった僕らは、暴風を抜け、平和で穏やかないつもの世界に戻ってきてしまった。あまりに唐突な青空に戸惑い、あまり頭に入ってきていない笑。彼女が手を振りながら上手に捌けていったとき、なにか大切なものを失ってしまったかのように脱力して座り込んでしまったのだ。

アンコール1.虹のソルフェージュ

彼女が今日までの思いを綴り、それを僕らは優しい笑みで見守った。今度は僕らが彼女の手を引く。呼び声は優しく木霊し、彼女もうんうんとうなずく。距離に関係なく、彼女の温もりを誰もがすぐ隣に感じていた。

「嵐はもう過ぎ去った」

虹のソルフェージュのイントロが流れると、誰もが思い思いの色を灯した。それは示し合わせたものではなく、ひとりひとりの石原夏織への思いだ。彼女はその一つひとつに手を差し伸べ受け取っていく。

ステージも虹色に、でも彼女は真っ白なアンコール衣装に包まれている。彼女の前には色とりどりの光が散りばめられている。その景色すら、怖いと思うことがあったのだろう。自分の色を持つことも、誰かの色を見ることも怖いと怯える日々があったのだろう。でも今はその景色が見られることが本当に嬉しそうに一人ひとりと想いを交わしていた。

アンコール2.♮Melody

正解だけを選び取って生きている人間なんていない。小さな嘘や失言で誰かを傷つけてしまったり、間違いを犯してしまったり。人間は誰しも”最も輝かしい汚点”を持っている。そんな間違いだらけの日々の中にも、信じていいものはたくさん転がっている。後悔することが多くたっていい。なかったことにさえしなければいい。すべて僕らの糧になっているのだから。

きょうここにたどり着くまでに自分が歩んできた道が、彼女が歩んできた道が、この曲を聞いていると思い返されてしまう。僕は顔をくしゃくしゃにして泣いてしまった。恥もてらいもなく。彼女にすべてをさらけ出してしまった。必死に笑おうとした。恥ずかしくて俯いてしまいそうになる心の背中を擦って、胸を張った。涙で滲んだ視界で目があった。彼女も泣きそうな顔で笑っていたように見えた。

Oh, Yeah...

ここにいるみんなで口ずさむんだ。みんなのMelodyを。

アンコール3.Face to Face

彼女は彼女の人生が、努力があり今日までここにやってきた。僕には僕の人生が。隣のだれかにもだれかの人生が。だからこの曲に誰もが背中を押してもらっている。Face to Face。我らが俊龍。我らが松井五郎・・・。

この曲は優しくない。触れられない距離を、実感させるから。僕らと彼女は違う一人ひとりの人間だということを。だから思うのだ。「会いたくて 会いたくて この思い止められない」

この曲が終われば現実がやってくる。終わりを知っていながら、見ないようにして、僕らは最後まで笑いあった。これでいい。だって僕らはまた会えるから。

サウンド雑感

ヘッドセットはわずかにハウリングが残っていた。ヴォーカルの声量が足りないシーンもゼロではなかった。しかしPAはこまめにゲインを調整し、すぐさま軌道修正を図っていた。曲ごとの音作りはいつも手放しで拍手を贈りたい。4つ打ちのダンス曲は低音ができるだけ遅延しないように丁寧に調整されていた。empathyでは静かな曲ながら、ビートをまるで歌い手の鼓動のように僕らの胸へと力強く響かせていた。そしてRayRuleの項でも記述したとおり、特別なサウンドを用意している。あれ程の大音量なのに、ライブ終わりに不快な耳鳴りが一切ないということがその手腕を物語っている。

照明・演出雑感

SSSではたとえばムービングライトがよかった、レーザーが良かったと評することができたのだが、今回はその突出した部分を他の要素と調和させることに成功していたと思う。それは演者より目立ってしまうことは決してなく、演者と演出が互いに高め合うパフォーマンスだった。アリーナでもないのにメインモニターが石原夏織を常に映すようにしていたのは、そうした意図があったのだろうか。フォグマシン一つとっても、フォグが現れるタイミングと、霧散するタイミングすら計算されているかのように、自然な語尾を持っていた。

特に照明といえば、逆光を効果的に扱っていたのも印象的だった。逆光の中で場転が行われるのは割と異質のような気もするが、その瞬間こそ石原夏織は輝いていた。伸びた背筋、自信を持って歩む背中。それをわかっているかのように完全な逆光というものはほぼ存在せず、彼女の表情がかろうじてカメラに映し出されることを期待したい。なぜならそこには見たことのないほどの自信に満ち溢れた、石原夏織が存在するからだ。

まとめ

とにかく個人的に張り詰めていた気持ちが一気に緩んで、Blooming Flowerで花びらが舞い散ったときに大号泣をしてしまったのだった。そこからは彼女を目に焼き付けることが精一杯で、そして没入していた。Face to Faceが流れたときやっと自分が現実に生きていることを思い出した。

そんなんだから虹のソルフェージュから始まるアンコール3連曲で胸が、思いが溢れて止まらなくなり、今回もぐしゃぐしゃな顔を彼女に見せてしまった。

彼女が「また泣いちゃった」と笑いながら恥ずかしそうに語るところに、僕は泣いてよかったと思ってしまった。「みんなの前だから泣けるんだよ」と。そのお返しに2回めのFace to Faceには(マスクで見えていたかはわからないけど)全力の笑顔で手を振り返した。

「ありがとう」

何度言ってもすべてを伝えきることは永遠にないかもしれない。でも僕らはまた再び会うことができるから。たぶん、みんな同じことを思っているから。

石原夏織と出会えた僕らは、幸せだ。


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