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クルド人独立についての今後の展望

言語と地政学

 ひろゆきをぶっ飛ばした小島剛一さんという言語学者に興味を持ち著書を拝読したところ非常に面白い本だったので1時間、英語でプレゼンを行いました。日本語で書いていますが元は全て英語です。(下記参照)
注:あくまでも大学生レベルのプレゼンで内容も読書感想文に毛が生えた程度ですので鵜呑みにせず、もし興味があれば著書を読まれると良いかと存じます。
1. はじめに
2. トルコの基本政策
3. トルコとクルディスタンにつての情報
4. トルコ語とクルド語の特徴
5. 私見
6. 結論

1.はじめに

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 クルド人コミュニティにおける言語の地政学をテーマとし、トルコ内のクルド人問題について情報を共有できればと考えこのエッセイを書いた。本文で議論する前に、まずはこのエッセイに頻出するいくつかの用語について説明しておきたい。

1. トルコ語、クルド語:
 トルコ国内及び、またはクルディスタン内で話されている言語。
2. トルコ人、(北)クルディスタン人:
 トルコ語またはクルド語を話す、トルコ国内またはトルコ南東部及び東部に非公式に存在する北クルディスタンに住む民族集団。(クルディスタン全域または南クルディスタンの場合、クルド人と表記。)
3. 方言:
 日本語であれば「関西弁」「鹿児島弁」「津軽弁」など。文法や発音など多少差があれど、標準トルコ語と疎通ができるものを本文では指す。
4. 先住民言語:
 政治的理由(言語同化政策)により「3.方言」とみなされているが実際は別言語。標準トルコ語と意思の疎通ができない先住民の言葉。
5. 北クルディスタン・南クルディスタン
 クルディスタンのうち、トルコ領内を北クルディスタン、イラン及びイラク領内を南クルディスタンと定義した。

2.トルコの基本政策

 父なるトルコ人、ムスタファ・ケマル(トルコ共和国建国の祖、初代大統領。別名アタトゥルク。)の野望はトルコ民族による民族国家を作り上げることであった。彼は西洋の列強から強い影響を受けており、トルコを近代的な国家に育てるつもりであった。

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 現代トルコは1924年、ローザンヌ条約により国境が策定されている。

 オスマン帝国からの独立後、彼は少数民族の言語と文化をトルコ民族と強制的に同化させる政策をはじめた。とはいえ、元々純粋なテュルク系民族など存在しない。オスマン帝国時代にはオーストリア人、ハンガリー人、ペルシャ人、他にも沢山の人々や多種多様の人種が領土内に存在していた。

 ムスタファ・ケマルの新政府は多民族国家から単一民族国家に作り替えるにあたり問題を抱えていた。そこで彼はトルコ語を携え、国是とする事に解決策を見出した。したがってトルコ共和国の主な政策のうちの一つは言語同化であり、1929年に言語革命を開始した。だがこの言語革命は賛否両論であり、今でも一部からは批判されている。(他の二つは政教分離と世俗化である。)

トルコに住む全てのトルコ国民はテュルクだ。テュルクはトルコ語しか話さない。つまり国内に他の言語は存在しない。

 トルコ政府はザザ語のような少数民族が話す言語だけではなく、アゼリー語やタタール語、カザフ語といった中央アジアの主要言語までをも方言と見做していた。1980年のクーデターにより憲法が改正され、政府は方言を先住民言語と定義するようになったが言語同化の基本政策が変わることはなかった。

3.トルコとクルディスタンについての情報

 CIAファクトブックによレバ、トルコの人口は約8,200万人であり、そのうちの20%がクルディスタン人との事である。厳密に言えば、国是により全てトルコ人のはずであるが、クーデターの発生によって言語に関する政策が多少変わったため、クルディスタン人が存在している。しかし元々の政策により正しい情報がとれていないのでCIAファクトブックの20%というデータは精査されていない人口統計でしかない。トルコの諜報機関のみが隠れクルディスタン人の情報を把握していると思われる。一説によると33%程度と見積もられている。

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 一方クルディスタンにも信頼のおける統計がない。各種統計によると、2700万から4500万人のクルド人がトルコ、イラン、イラク、シリア、そしてアルメニアに存在すると言われている。クルディスタンは独立/主権国家ではないただの一地域にしか過ぎず、クルディスタンの定義も「クルド人が住むところ」と言うものである。要するに彼らのアイデンティティは民族であるのだが、クルド民族の定義自体がとても曖昧である。

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後述するがクルディスタンは5カ国に跨っており、主張する国境も曖昧だ。

4.トルコ語とクルド語の特徴

 トルコ語とクルド語はユニークな特徴を持っている。現代トルコ語はオスマン帝国時代のイスタンブール方言がベースとなっているが、首都は建国以来ずっとアンカラである。イスタンブールは15世紀からオスマン帝国の中心地であり長い歴史を持っている為、現代トルコ語は首都のアンカラ方言ではなく、イスタンブール方言がベースになっている。

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 現代トルコ語の文法はムスタファ・ケマルによって1929年から大幅に改められた。最も特徴的なのは、元々アラビア語表記だったものをラテン語をベースにした独自の表記方法に変えた事である。そしてペルシャ語、アラビア語、ギリシャ語から非常に多くの単語を引っ張ってきた。例えば、シーフード関連の単語はほとんど全てギリシャ語からの外来語である。

 ムスタファ・ケマルが作り上げた現代トルコのアイデンティティはオスマン帝国への挑戦であった。列強により分断されたオスマン帝国は元々多民族国家であった。多民族国家であった故に「純粋」なトルコ民族国家など存在し得ないはずなのだが、ケマルは言語を定義としてトルコ民族を作り上げてしまった。このアプローチ方法により、国是が言語同化と結びついてしまっている。

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 だが、3つの例外がある。ギリシャ語、アルメニア語、そしてアラブ語である。ギリシャ語とアルメニア語及びその話し手(移民)はローザンヌ条約により保護されているため政府はこの2つの言葉を当初から方言ではなく、言語として認めていた。アラブ語に関しては、トルコ国内の99.8%がイスラム教徒(大半はスンニ派)であり彼らにとっては聖なる言語であるという理由で保護されている。一方、国内にはトルコ語または彼ら独自の言葉を喋る少数民族が100程度存在するが、政府は彼らにトルコ語で話す事を強制した。その結果多数の少数民族が言葉を失ってしまった。皮肉な事に、同化し言葉を失った少数民族は自分達の民族ルーツに言葉を失っていない少数民族よりも強いアイデンティティを求めるようになってしまった。これ故、同化政策は失敗に終わるであろう。

 クルド語もまた複雑な事情を抱えている。クルディスタンは単一言語の文化、民族地域ではない。クルディスタンの大半は山岳地帯であり、各集落は孤立している。そのため、彼らの方言は独自の変化を遂げており共通の文法というものが存在しない。加えて、方言だけではなく先住民言語も多数存在する。北クルディスタンと南クルディスタンに住む人々はお互いにクルド語で意思の疎通ができない。

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 そもそも北クルディスタン(トルコ東部)に住む半数の人々はザザ人であって北クルディスタン人ではない。つまり、ザザ語はクルド語の方言ではなく別の言語であるのだが、クルド人活動家はザザ「族」はクルド人であり、彼等の言葉はクルド語の方言だと主張している。そして前述したように、クルディスタンの元々の意味はクルド人の国という意味ではなく、地理的特徴つまり「山岳地域に住んでいる人々」だったのだがいつの間にか民族的特徴、「クルド人が住んでいる地域」にすり替わってしまった。

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トルコ東部からイラン、イラク、アルメニアに向けて3,000m級の山脈が存在する。クルドというのは元々「山岳地域に住む人々」の事をさしていたようである。

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5.まとめ

 クルド人は以下の3つの理由により、独立できないだろう。

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1. 言語の問題:
 複雑な方言と地方言語の存在、そして共通文法がないこと。
2. 宗教の問題:
 大半を占めるスンニ派とアレヴィー派などの少数派との紛争があること。
3. 政治の問題:
 民族ルーツに関するアイデンティティが曖昧であること。

 最初の理由は言語問題だ。クルド語には独自の変化を遂げ、他と意思の疎通が図れない方言が数多くある。加えてザザ語のような先住民言語まである。共通文法すらないので単一言語とはいえない。教育は単一言語で行う事が望ましいが共通文法が無いのでどうにもならない。作ろうにも膨大な年月が必要で、仮に作ったとしてもクルド人がザザ人にクルド語を押し付けた場合、紛争が起こるだろう。

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 二つ目の理由は宗教問題である。トルコ東部にはアレヴィー派が多数存在しており、アレヴィー派の中には北クルディスタン人もいるしザザ人もいて、トルコ人もいる。スンニ派はアレヴィー派を異端と見做しておりお互い毛嫌いしている。イランとイラクに住んでいるクルド人の大半はスンニ派なので彼等が手を取り独立を目指すのは非現実的である。

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 そして最後の理由は政治問題だ。トルコ政府と諜報機関は国内のクルド人が大体2500万人だと把握しており、クルド人の言語自治権要求を恐れている。政府はクルド人に対して非常に排他的な態度をとっている。一方で他の少数民族は自分達の文化と言語に強いこだわりを持っているが、全てが全て独立を求めているわけではない。

6.結論

 北クルディスタン人が独立抵抗運動を起こす理由はトルコ政府が彼等の人口を恐れており、暴力によってでも早急に同化させようとしているからである。多数の北クルディスタン人が投獄され、拷問を受け、殺されてきた。彼等は武器を取り蜂起するしか選択肢がなかった。同化政策は失敗するだろう。だがその一方でクルド人活動家は具体的な戦略を持っていない。曖昧な民族意識以外に何も持っていないというのもまた事実である。

 クルド人が切望している主権国家の樹立は今のままではほぼ不可能であろう。その一方でトルコ政府は彼等の独立抵抗運動を止めたいのであれば、まず最初に暴力を止め、同化戦略を見直すべきではないだろうか。

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