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「ルポ低賃金」東海林智著・地平社

「ルポ低賃金」東海林智著・地平社2024年4月発行

著者は1964年生まれ、毎日新聞社会部記者。リーマン時に開設された年越し派遣村実行委員を務めた。著書に「15歳からの労働組合入門」などがある。

本書は、1995年経団連発表指針の「新時代の日本的経営」を起点として、急増した非正規、その結果として、増大した低賃金で働く人たちの現場を歩いたルポタージュである。

「新時代の日本的経営」とは、バブル崩壊後の終身雇用、年功序列、企業内組合の日本的経営を改革、新自由主義的思想の下、企業利益の最大化と経済合理性、市場原理の優先を求めた経営手法の変更をいう。

指針作成者・成瀬健生常務理事の後日の言葉によれば、その目的は賃下げだったという。正社員の賃金を横ばいに推移させ、非正規増加で平均賃金を下げることに目的があった。

同時に三つの雇用形態、すなわち①長期能力活用の「正社員」、②高度専門能力活用の「専門職」、③雇用柔軟型の「非正規」に分割し、ピラミッド化すること。それは従前からの雇用の破壊と労働者の分断をもたらした。

本書は、①非正規労働者が特殊詐欺に加担するまで困窮する生活現場、②見棄てられ、漂流する若者への支援の無さ、③アマゾン宅配の過酷な労働現場、④非正規公務員の雇止めとパワハラの現場、⑤収益の上がらない最低賃金以下の労働を余儀なくされる農業事業の労働現場をルポタージュする。

英国では保守党が壊滅的敗北を期し、労働党が勝利、政権交代が実現した。保守党が信頼を失ったことによる。サッチャー・レーガン時代の新自由主義が、リーマンショック後に再スタートした。その結果は、ポピュリズムと短期経済成長と企業収益優先によって、持続可能な経済維持が困難になった。

日本においても政治、経済ともに停滞感、閉塞感が生まれている。アベノミクスのリフレ、新自由主義的政策の矛盾が金融、財政、物価の各面で表面化している。

従来、改革リベラルと見なされた労組は、組織率16.5%と見る影もない。非正規労働者の組織率は8.5%と形さえ見えていない。ナショナルセンター越えた労働者の共闘はなく、対立のみ目立つ。

著者は、2023年春闘で非正規労組の団体が、ナショナルセンターの壁を越えて、共闘したことを高く評価する。さらにセブン&アイHDの子会社百貨店そごう西武の8月31日ストライキ決行を評価する。

虐げられた労働者がなぜ声を挙げないのか?非正規労働者のひとりは正直に言う。「過酷な状況で一日一日をどう過ごすかで精一杯だ。それ以外考えれない。外国人労働者は稼げなければ、辞めて、出ていく。稼ぐために来ているからだ。私たちは思考が萎え、奪われる。あと残るのは我慢と諦めだけだ」と。

これら労働者を救うのが政治であり、行政であるはずだ。しかし公助から共助へ、共助から自己責任へ転嫁される。行政は目的と手段を取り違える。生活保護は使おうとすると使えない。これを「制度に殺される」と言うらしい。

1944年ILO憲章はフィラデルフィア宣言を決議した。その第一条は「労働は商品ではない」と高らかに批准した。

しかし現状は労働の切り売り、労働のモノ化である。非正規労働、ギグワーカーはその具現化である。政府はこれを多様な働き方、柔軟な雇用と推奨する。そこには経営側の本音が見え隠れする。

政治家、企業家、労働者ともに「労働とは何か?」をもう一度、考え、現実を見直す必要がある。本書は、新出版社地平社のスタート書籍として意義あるものと評価される本である。

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