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「これで古典がよくわかる」橋本治

「これで古典がよくわかる」橋本治著・ちくま文庫2001年12月発行

著者は1948年生まれ、小説家、評論家。「桃尻娘」シリーズ他多くの著書がある。2019年肺炎で死去。70歳。

本書はユニークな日本語論である。日本書記、古事記、万葉集などは中国輸入の漢字で書かれた漢文の古典、ひらがなは漢字の万葉かな漢字を崩していくうちに生まれた言語である。

平安時代は、紫式部、清少納言の源氏物語、枕草子などひらかなの古典の時代である。本来、日記などは男が書くものと決まっていた。ここに女性が進出してきた。

漢字は男の文章で、公文書などとして、表の世界の言葉。平仮名は和歌に使われ、女性の文章、私的世界の言葉。その間は越せない大きな壁があった。紀貫之が女のフリをしてまで土佐日記を書く理由がここにある。土佐日記は、蜻蛉日記、更級日記より100年近く前に先駆けて書かれた先行的な日記である。

漢字とひらがなの対立は男女の区分として、絶対的なものだった。故に紫式部が清少納言を嫌ったのは女のクセに漢字の知識を振りかざしたためと言う。

清少納言の上司は定子。正統派で開放的な職場。一方、紫式部の上司は章子。一歩遅れて中宮になった。出遅れたゆえ競争心が強い。女性の嫉妬は怖い。女性同士の戦いは男以上に熾烈かもしれない。

その中間のカタカナは漢文を読むための補助としての記号から生まれたもの。和歌は人の心の感情を表すものゆえにひらがなが使用された。同時に男女間の通信手段だったという。

漢字とひらがなが混ざった和漢混交文が生まれたのは、鴨長明の方丈記からである。方丈記原本は漢字とカタカナで書かれたと言う。初めて本書で知った。それから100年後、兼好法師の徒然草によって漢字とひらがな交じりの現在に近い文章になったという。

学校ではこんなことは教えてくれない。言葉の訳、意味しか教えない。だから、興味が無くなるのだろう。著者は言う。古典は話し言葉だから、感覚、体で覚えるもの。とにかく冒頭の文を暗唱せよと言う。なるほどそうかもしれない。

枕草子の「あはれ」とはジーンときたと言う意味。「おかし」は素敵だと言う意味。なるほどと納得した。

兼好法師の徒然草の冒頭「あやしうこそ、ものぐるほしけれ」は、なんだか良くわからないが熱中しているうちに、アブナイ方向に行ってしまいそうという意味。腑に落ち、納得できる解釈である。

徒然草は公表するつもりのない随筆。屏風の下紙の中から発見された。ゆえに個人的な思いをそのまま書いた文章である。従って一貫性がなく、混乱している部分も多い。

日本語論と古典の読み方を結び付けたユニークな本である。「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている」の駒場祭のポスター原作者らしい古典論である。

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