2024/05/31 もう始まった。ハンバーグと私

さ、ちょっと休憩して続々更新。更新のタイミングが詰まりすぎていると、読み飛ばされる、まあ読まなくてもいいやとなる方が多いようなのでとりあえず書いておいて、投稿自体はまた後程にする可能性が高い。

さあ、今日は5月最終日になった。今日から大忙しの一か月が始まるといってもいい。来月の私はどうなっているか、頭が変になって再起不能になるかもしれない。
これは本当にどこでも言えない、言っちゃいけないことなのだが、町で大声で独り言を言っている人について。ちょっとうらやましく思ったりもする自分がいる。独り言を言っている人は、いわば自分の思ったことを究極まで信じ切った人であるという面を持っていると私は思っている。そこに迷いも思考の曇りもない。
私は頭の中でぐるぐると考えてしまうタイプである。あれだけ往来で大声を出せたらなんと爽快であろうか。
誰かと会話しているっぽい独り言タイプの人は、そこに誰かがいることを疑わない。私は常に自分の考えていることが信用できなくて、声が聞こえた気がしたが、自分の勘違いかもしれない・・・。あ、ほんとに話しかけられていた!ということが何度もある。
幼稚園くらいの頃だろうか、いつも疑っていたことがある。それは、この私が見ているものは全て虚構で、私が水に触れている感覚を持ったとして、それは水に触れているという電磁波を受信している何かが「私は今、見ずに触れている」と感じているだけにすぎない。私を超えた私がこの世でないどこかにいるのではないかと疑っていた。
これは大人になるにつれて、みんな思っていることなのだとわかり始めた。中国の思想家じじいが言うことには「自分が見ている夢の中に蝶が飛んでいるのか。飛んでいる蝶の夢の登場人物が自分なのか。」まさにこれである。疑い始めるとすべてを疑いたくなる性分である。

ということで、耳から音が入ったが、脳が勝手に音として判断した電気信号かもしれないと思って、いったん聞き流してしまう。だからもしかすると、これまで私から無視されたと感じた人もいるかもしれない。何度も「あ、ほんとうに声をかけられていたのだ」と気づいてきたが、ということは気づけていない事例も何度かあるということだろう。私は決して人を無視したい、してやると思っていたことは無い。
もし無視されたと思った方がいれば、優しく再度お声がけください。

今日は2:30頃に起きた。え!
はたと目が覚めて、まだこんな時間ならもうひと眠りしようとする。眠れない。眠れない。うだうだしていて、腹が立って起きることにした。起きて日記を書き始めて、たぶん書き終えて、7時ころに一回眠ることにした。
今日は12時にパラダイムシフト高倉さんの家に行って、ラジオの録音がある。では、10時前に起きて支度をして11時に家を出ればいいやと考えていた。すやりと眠って、目が覚めて驚いた。11時である。
完全に遅刻確定である。LINEにて遅刻確定の連絡をして、急いで支度して家を出る。なんとか遅刻を最小限の12:15でおさめることができた。ここのところ普段しないようなミスを連発している。絶対にキャパシティオーバーが発生している。

電車に乗ってしまえば、もうあとは電車次第だから本を読みながら、がタンゴトンと揺られて高円寺あたりに到着した。高倉家へ向かう。
到着すればすでに今日のメンバー全員が到着していた。さっそくラジオの録音が始まる。内容について詳細に話しても何なので、それについては「パラダイムシフト お笑い芸人」みたいな感じでXなりYoutubeで確認していただければと思う。なんとも、ぐぎぎぎという内容である。良い感じ🙌
https://www.youtube.com/watch?v=s01U0AR0pBA

13:30ころに収録を終えただろうか。収録後、皆さんは食事に向かった。私はこの後もスケジュールがびっちりびちびちなのでお断りさせていただいた。遅刻をしたうえに食事も断る。最悪な人間である。でも、予定があるのだから許していただきたい。
ちなみに食事組の一部はその後、20時まで酒を飲んでいたそうだ。ネタを書くかバイトをしろ、と思った。

電車に乗る前に、郵便局に用事があったので向かう。郵便局に入ったらオバサマがクレームを入れていた。入店した時点で既にクレーム発生中だったので何に怒っていたのかはわからないが「切手なんて郵便局の初歩的な業務でしょうが」と怒っていた。嫌な気分になった。

電車に乗ってガタンゴトンと帰宅する。16時くらいに帰宅したと思う。この後は18時過ぎに町屋へ行って「ホメまつり」というトークライブである。
さすがに眠たすぎて、30分ほど眠って風呂に入って会場である「若茶」に向かう。

毎回、笑組のゆたさんと元はやぶさ丸の笠生大収穫祭くんと三人で行っているが、今回はキラーコンテンツの長谷川さんを招いて4名でおしゃべりをする。
キラーコンテンツさんについて、はっきりと言って何者か全くわかっていない。東洋館で会って楽しく会話もするがいつ、どこで、どうしてコンビを組むことになったのか、どういう経歴を重ねて来たのか、すべてが謎である。
そのあたりをゆっくりじっくりうかがうことができた。非常に良い会になったと思う。キラーコンテンツさんは本当に良い人である。気の置けないとはこの方々のことを言うのだろうなと思う。もちろん一定の尊敬をもって接しているが、気さくで何を聞いても答えてくださる。こちらもお調子に乗って踏み込んで話ができる。それを邪険にすることもない。
山下公園に浮かぶ氷川丸のような方々である(キラコンさんは二人とも横浜住まいである)。誰が来ても受け入れる。

ゆたさんの昔の営業話はやっぱり面白い。いままでいろいろな話を聞いてきたが、新しいエピソードが無限に湧いて出てくる。鉄扉で閉ざされた病棟での漫才の話は絶妙に面白さ、怖さ、悲しさが入り混じっていて良い。
なんだかそういう話しが好きである。笑える話って、特にテレビで流れるような話って毒っけが無くて、ただただ笑いに終始するものが多い気がする。それが視聴者の求めるものだから仕方が無いのだが、やはり聞き手に若干の「やだみ」を残すもののほうが面白いと思う。
それだから私はラジオを聞くのが好きなのだと思う。ラジオで話されるものは人間の良いところ悪いところが混ぜ合わされて、この話はこういう話しと一言では言えないのが良いのだ。

ということで、非常に楽しい会になった。私もお調子に乗って、外部に漏れると最悪、死に至る話も飛び出してしまった。この会はお客様が口外しないことで成り立つライブである。本当に上質なライブである。
21時過ぎに閉演し、会場で食事をする。私はいつもロコモコ丼を食べているが、このロコモコ丼がうまいのだが、絶妙な美味さがある。

私とハンバーグの小話をする。私の両親は仲が悪い。私は家をでて約12年ほど経ったのでどうなっているかは不明である。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言ったもので、父のことが嫌になれば姑、私から言えば父方の祖母についても多少の文句も出てくる。父の実家で食事をした際に、ハンバーグが出された。その時のハンバーグがマルシンハンバーグだったというエピソードを何度か聞いた。
母の母、母方の祖母は何でも手作りをする人であったらしい。私の物心がついたころには認知症も始まり、料理をしていた記憶が無い。
話によれば、ポテトチップスが流行り始めた頃に、そんなものを食べるんじゃないとジャガイモを薄く切って揚げて子供たちに食べさせたそうな。

そのような親のもとで育ったからマルシンハンバーグが通常の食事として出されたのが衝撃だったのだろう。
母もハンバーグを手作りするタイプの親であったから、私はマルシンハンバーグを食べないまま大人になった。マルシンハンバーグ。確かに美味いが手作りの方がウマいなと思った。

あ、別に面白い話ではないですよ。私の母がマルシンハンバーグを目の敵にしていたという小話である。

手作りハンバーグで育てていただいた私は現在、業務用スーパーの冷凍生ハンバーグを焼くだけの大人になった。時間があれば手作りをしたいとは思いつつ。

おっと話が長くなった。帰宅して、3時ころに記憶が無くなって4時に目覚め、歯を磨いて眠った。眠るつもりも無いのに眠るというのはそれはそれで気持ちの良いものである。さあ、6月も駆け抜けよう。

今日面白いと思ったことは「ハンバーグの話はたぶん死ぬまで方々で話すと思う。なんだかおもしろい話なのだよ。」

こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。