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ss●太陽と月_08


 クトゥルフ神話TRPGシナリオ
「蹂躙するは我が手にて」を題材とした二次創作ssです、御注意。
https://booth.pm/ja/items/2075651



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 セツナが片腕を失くして目の前に現れた時、エーリスは苦しそうな顔をした。自分が守ってきた筈のオアシスに、初めて石を投げ込んだのが自分自身だったので、そういうエーリスを目の当たりにして、セツナ自身も沈痛な想いがした。
 石は不躾に波紋を広げていき、オアシスの底からは砂が立ち上り、綺麗な水面がすっかり濁ってしまった。

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 セツナと同じ街で育った少年兵が数人、死んだ。
 爆撃を生き延びたセツナは、意識を取り戻した翌々日、白い粉が詰まった碧いボトルを渡された。ボトルの高さは、セツナの手首から中指の先ほど、直径は銃剣の柄より一回り大きいぐらいだった。
(全然足りないな)
 この量では、人ひとり分にもならない。
 父親の骨なのか母親の骨なのか、自分の右腕の骨なのか、あの爆撃の中では、正味誰の死体か分別できなかっただろう。…ボトルに詰め込まれた白い粉を見詰めながら、いつの間にか自分より背が低くなっていた両親に想い馳せた。
 ベッド脇のテーブルには薄い銀皿が置かれていて、その上に、点々と赤い模様のついたネジやボルトが丁寧に並べてあった。自分が握り締めていたものらしい。これら父親の形見は、一番大きなボルト以外、門廻りに撒いた。初めてひとりで、正確にはふたりで花束を供えた場所に。
 肉体が滅びても、こうして義手は遺っていく。
(……悪くねぇ)
 義手は死の残滓などではなかった、生きていた証なのだ。

 訓練の後に手から砂を払うのと何も変わらない気持ちで、セツナは手を軽く叩き、洞窟を後にした。胸のつかえが取れたような、すっきりとした気持ちになっていた。自分が為すべきことは決まった。
 ベバイオン帝国では、本来"死"は忌むべき出来事ではない。戦士の魂だけがあの洞窟に辿り着き、それ以外の魂は一様に地の底に落ちると言われている。
 悲しみに暮れるつもりは欠片もなかった。

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 一度口を噤んだセツナだったが、すぐに頭を振って気を持ち直した。
 エーリスはセツナの左手を取り、甲を一撫でしてから裏返した。手の平にはまだ新しい火傷が刻まれていて、痛むと容易に想像できた。
「……」
 エーリスが一向に顔を上げてくれなかったので、セツナはもどかしい気持ちだった。彼の瞳を見るのが怖かったが、ずっとこのままで居る訳にもいかなかったので、セツナは大仰に踵を揃えて背筋を伸ばしてから、言った。
「……俺に義手を与えて下さい」
 エーリスはセツナの左手に視線を落としたまま、ぶんぶんと首を振った。あの日洞窟の前に居た自分もこんな感じだった気がする、セツナは場違いに可笑しいと思った。少し、気分が高揚していた。
 義手を授かることは、軍人になることと同じだ。
(セツナなら……)
 もしセツナが混じり気の無いままなら、そういう選択をするだろうと、エーリスは考えていた。きっとセツナは、せっかく残ったこの左手も切り落としてしまう。
 エーリスもまた、セツナの瞳を見るのが怖かった。いつもと変わらず突き抜ける眼差しは、見詰められると陽が差すような気持ちになる。しかし今は、半分が陰ってしまっていた。セツナは顔の右半分に包帯を巻いており、右眼は視力を失っているだろうと医師から聞かされた。

「義手が欲しいです、お願いです」
「義手、……」
「あと二年間もこのままなんて、耐えられないです」

 俯き加減の前髪の隙間から、エーリスが黒い睫毛を何度も瞬かせているのが見えた。このエーリスという男は、帝国で唯一、玉座に腰掛けることを誰にも咎められないというのに、誰よりも覇気のない男だった。
 火傷だらけの左手で、セツナはエーリスの手を固く握った。

「俺は、軍人になる運命だったんですよ」

 …


 ▶ 続き:https://note.com/bakemonotachi/n/nea789569b167



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