嗜好を思考する。
「コンビニがコーヒーを100円で売っちゃったらなかなかこういう商売も大変でしょ。」
「スタバ、ものすごい人が入ってたよ。」
こうひいやという仕事をしていると、お客様からそんな話を耳にすることが多いです。
コーヒーと一言で言っても、聞いた人がイメージするものはそれぞれ異なるのかなと思います。
特にコーヒー=コンビニコーヒーやインスタントコーヒーというイメージを持たれている方などからは「それは副業なの?」と聞かれたりもします。
実際に商売として割が良いかといったお話に触れると苦笑いになってしまうのですが、当店の場合は店頭でのコーヒー豆の販売、店内での飲み物の提供、店舗向けの卸売という業務を主に成り立っているのですが、我が地元ではそのような職種自体、馴染みが薄い印象を受けます。
私自身、学生時代にはそのようなお店がなかったので当たり前といえば当たり前なのですが。
話はそれましたが、私自身の経験に限って言うと、コーヒーという仕事をするうえでコーヒー=嗜好品という意識を強く持たないと判断できないことが多々あります。
嗜好とは何か。
辞書を引けば、好み、嗜みといった言葉が出てきますが、私なりにより具体的に述べるとこのようになります。
嗜好とは、そのモノの多様な個性を観察し、多角的な視野で実態を受け止め、自身の感性と照らし合わせながら、その一連の過程を楽しむこと。
1杯のコーヒーを味わうということで例えると、飲む前に香りと濃度を確認、口に入れた後は苦味、酸味、コクのバランスや後に残る甘みやフレーバーを感じ取ります。
それらの情報から豆の持つポテンシャルと焙煎による影響を仮定して、実態を捉え、自分の感性と照らし合わせた時にこれでよしとするのか、自分だったらこうするという手立てについて考える。といった感じでしょうか。
ただし、これは前提として嗜好品に比較対象が存在するからこそ成り立っていることです。
井の中の蛙大海を知らず
見識が狭いことの例えで使われる言葉ですが、コーヒーに限らず、自分がそれまで普通に食べたり飲んでいたりしていたものについて知らない世界の話を聞くと私の脳裏にはこんな言葉が浮かびます。
例えばお酒を飲むときはビール党でワインや日本酒はあまり良い酔い方をしない印象があり30代になるまではほとんど飲まずにいました。
お客様でご来店された酒屋の奥様や地元の日本酒の酒蔵の社長さんとお話するなかで興味を持ち、嗜みようになりました。
どうして今まで飲まなかったかというと日本酒といえばワンカップ、ワインといえばハウスワインといったように限られた選択肢の中でただ差し出されたものを飲んで、わかったような気になっていたからなんですね。
はじめてご来店されたお客様など嗜好するという意識が全くなかった人などはチーズ=プロセスチーズでクセの強いナチュラルチーズに異常に抵抗を持っていたり、ビール=アサヒビールかキリンビールで、それ以外のビールや特に今話題のクラフトビールを全く味わったことがないという人もいます。
コーヒーも缶コーヒーやインスタントコーヒーといったブランド、スタバやコンビニのコーヒーといったようにそれぞれの持つイメージによってかなり限定されるのではないでしょうか。
ちょっと怖い話をしますね。
意識をしていないと、日々の生活は生活圏にあるスーパーやコンビニで手軽に手に入るもので成り立っていて、かなり限定したラインナップのルーティーンになります。
外食もチェーン店の居酒屋やレストランばかりになると割と万人が知っていて万人受けするものばかりなので、普段家で食べているものにちょっと味付けが違うだけのものを食べているといったことにもなります。
昨日はラーメン、今日はカレー、いつものラーメン屋、いつものカレー屋さん。その繰り返しで年を重ねていきます。
それはそれでいいだろと言えばそれでもいいのかもしれません。
ただし、あなたが知らなかったり気がむいていなということだけで、あなたに全く見えていない世界がこの世の中は存在しているということなのです。
されど空の蒼さを知る
所詮、こうひいやの仕事の話です。
コーヒー業界のことに一生懸命目を向けているという点ではやはり私も井の中の蛙にならざるを得ないのです。
ただし、私はコーヒーの仕事をする中で見えた景色があります。それはコーヒー農園に広がるコーヒーの木にできた赤いコーヒーの実です。
その赤い実に出会うために飛行機に乗り、行ったことのない国へ行き、それぞれの国で出会いがあり、Facebookなどを通して現地の空気感を日々目にすることができています。
1杯のコーヒーには喫茶店の店主の無駄なこだわりに加えて、焙煎する人、輸送する人、選別する人、育てる人、関わっている人達の生活や熱意が込められています。
たかがコーヒー、されどコーヒー。
美味しいか美味しくないか、美味しいものだけを食べ続けるというのも非常に直情的で開放感を得られることだとも思いますが、頭で味わい嗜好することで大海を知ったり、空の蒼さに気づくきっかけになったり、いずれにせよコーヒーは楽しいのです。
最後にちょっと嬉しかった話をさせてください。
ある日、近所の中学校の依頼を受けて職場体験ということで2日間体験してもらいました。
中学生ということでさすがにコーヒーを飲むことには慣れておらず。
初日に話した際には「苦いから苦手で」「人生で1度飲んだことがある」という状況でした。
「美味しいとか美味しくないといった判断ではなくて、例えば美味しくないなりにこのコーヒーの苦味の強さはどれくらいか、甘みはあるのか、酸味を感じるか。そういったことを少し考えながら飲んでみてください。」というお話をしてティスティングしてもらったところ、彼はコーヒーの面白さに気づいたらしく、職場体験の次の日に当店でコーヒーの器具を一式揃えて、今もご家族と定期的にお豆を買いに来てくれます。
嗜好するということを中学生の時に気づいた彼にちょっとジェラシーを感じつつ、こうひいやは明日からも嗜好品について思考する日々を送っていきたいと思います。
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