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ショートショート『王子とカチェリンガ』2000字

「長老、長老、聞かせてたもせ」
「たもせ」
「今日のおはなしなんじゃ?」
「なんじゃ?」
森の奥深く、大きな菩提樹に今夜も妖精たちがやってきた。
月はてらてらと輝いている。

「おうおう、これはきれいな妖精たち。純粋な羽根をまたたけば、月夜が喜んで照らしおる。きれいなもんじゃ。きれいなもんじゃ。」
「うちらの背中にはこうしてふたつ生まれた時からついてるからさ、そんなきれいとはおもわんさ。
当たり前とはこのことか」
「おうおう、それはきれいなもんじゃ。子供は子供のまんまで天使なように妖精は妖精のままできれいなもんじゃ。」
妖精たちは待ちきれない。
「今日のはなしは、なんじゃ?」
「なんじゃ?」

「わしが雷神と一緒にちょっと東北の空を飛んだ時に、
ひとつ灰色の屋根の下、
小さな男の子がおってな、その男の子はよくよくみるに、
かつて西の国で見た王の生まれ変わり。
今日はその子が王であったころのおはなしじゃ。」
「西の国の王か。」
「王か。」
「しー。」
「しー。」

菩提樹の木がシンと静まった。
「むかしな、そうじゃな、
今からもう3000年よりも前のことじゃ、
 その王国はそれは繁栄を極めていたんじゃ。
そこに待望の王子が生まれた。

 それは元気で立派な子でな、王国中が喜んだ。

王は帝王学を仕込もうと考えた。良い王たるもの、歴史を解し、算数も天文学も音楽も詩作もできてこそ、王たるにふさわしいと考えたんじゃ。
 
『王子よ、今日から王妃とは離れてその者がそなたの教育に携わる。カチェリンガだ。』

まだ年はもいかぬ王子は母たる王妃とは離された。
いやはやこれは驚くことでもありはせぬ、

これはもう王族貴族にはよくあることで、
乳母が乳をやり、侍女やら貴族の末っ子らが奉公に来たりして王子や王女と遊んだものじゃ。羊飼いの子らとも遊んだぞ。

 しかし、このカチェリンガはスパルタ式の教育だった。おっとそれではスパルタ式がよくはないものと聞こえてしまうな。
こういい変えようか。
 非常に厳しい、軍隊よりも厳しい教育をカチェリンガは王子にほどこした。

ひとぉつ、問を違えば背中をピシリとやり大きな声で厳しくしかった。
『こんなものもできないようでは王にはなれませぬ!』
ひとぉつ、問いに考えこむや否や、
『即答できぬようでは王にふさわしくありません!』
とまぁ、
本来誤ったところをなぜ、どうして誤ったか、考える過程こそが教育であるところに、それはすっとばして完璧なる正解を求めた。

ひとぉつ、知識を問われて口を開かぬままでおれば
『そんなものもしらんのはなっておりませぬ!』
と叱咤した。
天の星のように知識はあって、無知を知ることをはじめとし、それでもひとつ知識を得ることを尊しとし、
この森の木の葉の数よりも多い知識のうちのいずれを用いればよいのかを見分けることこそが教育のところを
王子はただ己の無知を隠すようになった。知ったかぶりはおてのもの。

カチェリンガは教育者ではないことを王子には見抜くすべがなかった。

ひとぉつ、問いに合って喜べば、
「うぬぼれてはなりませぬ!」
いやはや、うぬぼれで足をすくわれることもあるというのは実際人間にはよくあることで。
多少のうぬぼれでひどく傷つかずに済むことが人間にはよくあることで。

一字一句間違えてはならぬ詩の暗唱。まごつくや
王子は厳しく叱責された。

あぁこの世に王子ほど愚かなるものばかなるもの阿呆なるものはおらんとばかりに。

詰問に近い問いが出て、
違えば非難否定の言葉の毒矢が間近からとんでくる。

王子が涙を流したさ。
『甘えてはなりません。』
とはどの親も言うが、そこには愛が伝わる隙がありはしなかった。
カチェリンガに愛があったか?それは今となってはわかりはしませんな。
少なくとも伝わってはいなかった。

こんな事もあった。
王子が
『お母さま・・』
とぼやいたら、
『王たるものそのようでは笑われますよ。臣下はだれもついてきやしません。』
延々侃々と続いた。

王子はずるをしはじめた。
努力なんぞ、元からだいきらいだったし何って努力をしたって叱られる。
それで上手くいけばおこられずにすんだ。
ずるをおぼえて王子は歪んだ。


王子は地政学にはすぐれていたから、それをカチェリンガはほめにほめた。
そうさ、王子は地理をよくした。

しかしほめは王子の歪みをとめることはなかった。
『地政学ができることこそ一番えらいしかしこいのだ。』
と、他分野と妙な競争を始めた。
どの分野も貴くどの分野もお互いが連携してこそ公に役立つ、その視座こそが帝王学ではなかったか。
 あわや、王子が大きくなるころには曲がりに曲がりくねってかのアマゾンの川の女神もおどろくぐらい。

体つきは素晴らしいが、
前かがみ。

『王なのだ。』
『わたしは王だ。』
『王にふさわしいのだ。』

威勢をはるが、心の内はおびのカビでいっぱいだった。
それで笑い声が聞こえると、笑ったものを処刑した。
『だまれ、ばかにしているのか!笑ったものはだれだ』
と。

言うことをきかぬものがあると、
言うことをきくまで拷問にかけた。

問いに即答せぬ配下があれば、
「愚か者め」
と罵倒し見下し、そしてよくて謹慎、左遷に減禄、悪くて火刑、いやそのほかの拷問はちというにもはばかる。

あぁ見事な魂の持ち主が、
教育によってかようにもなりはてる。
かつてこのものは、覇者だった。地上には稀有の覇者だった。

勇敢なる王だった。
偉大なる魂の持ち主よ、
それは人間ではありませんか?

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