馬楽の時間 104 

馬術部物語
 冬休みが終わり合宿があけた。2週間よくがんばった。
 一年生は2人になってしまった。
 この時期、朝の合同練習はなく、各個に乗っていいことになっていた。
 何故?
 寒いから。帯広の冬は尋常じゃない。朝は30度を下回る。馬も吐く息が凍り白いひげ状態。馬房で震えていることもある。
 そこでお達し。「28度以下では乗るな」。どんな基準なんだ?
 乗るなら手袋はもちろん、耳当ても必須。耳当てなしで速歩をすると、風が柔らかく耳を撫でる。「あったかい」と感じたら凍傷。耳が一瞬で大きくなる。「トウショウボーイ」が何人もいた。
 そんな寒い中で乗っても上手くならないと思う。寒い中で何鞍乗るか。もう意地だけ。
 学生運動の風も吹き始め、学友が感染していく。
「デモをやるから行こう」と誘われる。「いや行かない」「今の社会をどう思うんだ」「どうって?」「矛盾を感じないのか?」と詰めてくる。
 そんなこと考えたことがない。親が言うまま、学校の先生が言うままに生きて来た。
 実は気づいていた。「俺には自分と言うものがない」。大きなコンプレックスだった。それを見透かされるのがいやで、いつも当たり障りのない生き方をしていた。つまんない男。
 同級生に、馬乗りも作業も、そんなに熱心じゃないヤツがいた。でも上級生にからかわれ楽しそうにしている。羨ましかった。私は心を開けない。だって心の中に何も無いんだから。そんな男はからかってもらえない。


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