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東京経済大学バドミントン部リーグコラム(61):『お金を払っているウチにまともな人間になる』を目指そう‼️

授業に2週続けて遅刻した大学生。

講義室に入るなり教員に大声で叱られる。
・遅刻した事
・2週続けて起きた事
・改善が見られなかった事

などに対して叱られる所だろう。

私も大学生の頃に叱られた経験があるが、遅刻位で『説教』がうるさいな。と思った。笑😆

しかし、この教員は叱り方が違った。

※動画は『言葉の人』チャンネルさんから共有させて頂きました

重要なワードは
『周りの人の為に行動しろ』
『お金を払う立場と貰う立場は違う』
『お金を払ってるうちにまともな人間になれ』
『劣等感を持ったら人より行動しろ』

何気ない2〜3分の『説教』に人生の『教訓』が詰まっている。

これを
『説教』
『考え方や時代の違い』
『多様性が無い』
と捉えるか

『人生の教訓』
『先人の知恵と経験』
『何にでも使えるアドバイス』
と捉えるか

が、現代の課題だろう。

様々な考えや意見があって良いとされる現代の考え方の一方で、相手の意見や考えには『説教』あるいは『自分にとっての害』とレッテルを張り、聞く事を止めてしまう。

これはアンテナの張り方を間違えてしまっている。

私は良くバドミントン部の学生に心の矢印を外に向けろとアドバイスするが、これがこのアンテナの張り方と共通する。

高校生までは与えられた道具、指導者、体育館、環境、食事、学費など。

親が用意してくれた当たり前に用意された環境の中で頑張っていただろう。

この状態は自分が偉い訳では無く、周りが必死にあなたを守ってくれていたのだ。

しかし、大学生になると授業は自分で選び、アドバイスは貰いに行かないと貰えず、バイトをしないと遊びに行くお金を作れない。つまり、自分次第と言う事柄が増えてくるのだ。

心の矢印を外に向け、自分から行動していかないと誰も相手にしてくれない。と言う社会の常識を優しく経験させてくれているのだ。

この経験を親のお金や将来の自分から借りる形となる奨学金を使って学ぶのが大学と言う場だと私は思っている。

学生がお金を払っている立場のうちに、この思考に導いてあげたい。

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