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高校生小論文コンテスト?

スコット・ロスと私

都立〇◇高校 3年E組 Back of Bach

私が一番敬愛するチェンバリスト、スコット・ロスとの出会いはある日、突然やってきました。平日の朝に聴いていたNHK FMの「マイ・クラシック」で放送された、「D・スカルラッティ、555曲のソナタ全曲放送」なる企画によってでした。

スカルラッティはイタリア出身の作曲家ですが、マリア・マグダレーナ・バルバラ王女の音楽教師の職に就いていた彼は、スペインで作曲活動をしていました。そして彼女の鍵盤楽器の演奏習熟のための教材として書いたものではないか、と言われているのが、通称「555曲の練習曲集」と呼ばれるソナタ集です。

この曲集は、「ソナタ」と呼ばれてはいるものの自由な形式の単一楽章からなる鍵盤楽器のための曲集で、同い年のJ・S・バッハやヘンデルなどの作品とは異なり、形式や統一性などとは無縁で、曲ごとに様々な顔を持っているのが特徴です。

スカルラッティのこの作品は現在に至るまで、いろいろな人物によって整理され番号を付与されていますが、最も一般的なのはアメリカの音楽学者兼チェンバリストのR・カークパトリックが付与した「K、あるいはKk(カークパトリック番号)」です。この番号がK1からK555までとなっており、5のゾロ目で覚えやすいため、前述の通称で呼ばれるようになったのです。

私が平日の朝聴いていた先のFM放送では1日に3曲ずつ、K1から順番にK555まで放送していたので、計算上、555曲÷3曲/日=185日なので1ヵ月の平日を20日とすると185日÷20日/ヵ月≒9ヵ月かかったはずです。

ロスがこの555曲の練習曲集を全曲録音したのはラジオ・フランスの「スカルラッティ生誕300周年」の記念企画としてでした。実はそれ以前にも、何人かの演奏家が全曲録音にチャレンジしたものの、誰一人として成し遂げた者はいないのです。

このスカルラッティの練習曲集のうち、比較的良く演奏されるのは多く見積もっても50曲程度。つまりは、残りの500曲はプロの鍵盤楽器奏者といえども殆ど聴いたことのない曲だったと思われます。そんな曲集をロスは約18ヵ月で録音したのです。つまり、私がFM放送で聴いた約半分のペースで録音したことになります。

驚くのは録音のペースだけでなく、その完成度の高さです。恐らく上記のような状態だったので、初見の曲を翌日には録音しなければならなかったにも関わらず、この上なく豊かな音楽性が表現されているのです。他のロスの録音、例えばバッハやラモー、クープランと同程度か、もしかしたらそれ以上に。

私はすっかり、スカルラッティを演奏するロスの虜になってしまったのです、凄い人だ!と。すぐに、彼の演奏するCDを買い始めました。初めはバッハから。がしかし、私がロスのCDを買い揃える前に、彼は亡くなってしまいました、38歳という若さで。HIV感染症でした。

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今から30数年前を思い出して書いてみました。今現在でもスカラッティの「555曲の練習曲集」を単独で全曲録音した人はロス1人だけです。それほどの偉業だと言えます。ロスの演奏のクオリティの高さを見せつけられてしまっては、それに挑戦する勇気のある演奏家は未来永劫、現れないかもしれません。

ロスのCDで私が唯一持っていないもの、それがこのスカルラッティ「555曲の練習曲集」のボックス・セット(CD34枚組)です、抜粋版は持っていますが。発売当初は確か25,000円くらいだったと記憶しています。先ほど密林価格を調べてみましたが、たったの6,500円でした。

あれ以来、私はこのボックス・セットを何度買おうと思ったことでしょう。価格的にもこんなにお得な買い物は無いと思っています。でも、買うことができないのです。ロスの人生の結晶である555曲をすべてきちんと聴き切る自信が持てていないからです。

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特に私の好きな3曲です。


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