掌編「リストラうんこ」@爪毛の挑戦状
僕の父さんは婿養子で、代々農業を営む東雲家にとっては異色の人物だった。
婿養子なのに、更に言えば一人娘の夫なのに、父さんは家業である農業を手伝わず外でサラリーマンとして働くことを許されていた。
父さんは、ちょっと神経質気味な性格のシステムエンジニアで、土にまみれるのが苦手なようだった。色白で丸眼鏡で痩せていて、(息子の僕が言うのもアレだけれど)けっこうひ弱な見た目だった。
「あいつは身体よりも、頭が使える人間なんだわ」と、じいちゃんが言っていた。それも才能なんだぞ、とか何とか話しながらガシガシと畑作業をするじいちゃんは、僕の目には格好良く映った。パソコンに向かう父さんよりも、ずっと格好良く映った。
そんな父さんだが、ここ数ヶ月ほど姿を見ていない。
最後に見たのは、堆肥置場で何かしている姿だった。珍しいな、と驚いたが次の日から家で見なくなった。おそらく、家に帰ってきていないのだ。
不景気の波に飲まれてしまったのだろうか。まさか、職を失なったショックで…。などと、やきもきしても仕方ないので母さんに聞いてみたところ、捜索願を出すような事態ではないそうだ。
ある日、薪拾いから戻ると、痩せた男がぎこちない動きで鶏小屋の敷料を入れ替えていた。
男が僕に気づいて振り向いた。その顔は、真っ黒に日焼けしていた。
「おかえり」
僕と父さんの声が重なった。
(566文字)
父さん、よく踏ん張った。
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