コント 取り調べ

私は誰もいない国の姫。ここは歴史ある劇場。
センターステージ組まれた取調室の舞台セット。
照明の設定は夜。
警察官役のでっかい妖精から、取り調べを受けている犯人役の姫。

妖精:どうしてこんなことしたんですか?
姫:、、、。
妖精:やっちゃダメだって、分かってるでしょ?
姫:でも、もう、、、やるしかなかったんです。

妖精:うーん、我々はちっとも理解できない。あなたのような、真面目で、思いやりがあって、分別もある頭のいい人が、この方法しか思いつかなかったなんてあり得ない。
姫:刑事さん、私、そんな良い人間じゃないです。私は刑事さんが思うような人間じゃない。
森山直太朗。
妖精:だけど、きっとなにか理由があるはずだ。じゃなきゃ、あなたという人間とあなたがとった行動の辻褄が合わない。
姫:かまいたち。
妖精:だから、我々にも理解できるように教えてくれませんか?そして他にどんな選択肢があったのか、一緒に考えていきましょう。
姫:、、、はい。よろしくお願いします。

妖精:では、まずは映像を見てみましょう。一緒に確認していただけますか?
姫:はい。

そう言って妖精は、リモコンを操作し、舞台奥のプロジェクターにチェキ会の映像を流し始めた。
画面左下に男性芸能人の後頭部、その周りでテキパキと動く4〜5人のスタッフが映っている。

妖精:これがグリーティングエリアの監視カメラの映像です。
姫:あそこから撮ってるんですね。
妖精:こことあと2箇所あります。ゲートやロビーなどを含めると全部で7箇所です。そちらも全てあとで一緒に確認してもらいます。
姫:はい。

画面左下の男性芸能人は、撮影を終え、握手したファンを画面右下に送り出し、笑顔で手を振り続けた。そして、画面左上に手ぶらで顔つきの悪い姫が緊張した様子で現れた。男性芸能人はファンがエリア外に出たのを確認すると姫のいる画面左上を向いた。そして、向くや否や姫から襲い掛かられていた。

姫『テメェふざけんな!!ぶっ殺すぞ!!!』

姫の罵声と彼女が暴れる音で取調室の劇場スピーカーが一気に割れた。妖精は慌ててリモコンの音量ボタンを操作し、音量を下げた。姫は表情を変えず、背筋を伸ばしたままじっとスクリーンを見続けている。
 
映像内では、殺意に満ちた姫の罵声が会場中に響き渡っているようで、パーテーションの向こうからザワザワとした人々の声まで漏れ聞こえていた。
姫はおそらくハイキックとジャンピングパンチを出来る限りお見舞いしたかったようだが、一発も当てることが出来ていなかった。でも男性に当てたいという気持ちが相当強いのだろう、取り押さえられる最中も当たるわけないパンチとキックを出し続けていた。そして、若い男性5〜6人にあっさりと取り押さえられたあとでも全く引かず、まだ罵声を浴びせ続けていた。

姫『なんでだよ!!いい加減にしろよ!!
 なんで分かってくんねぇんだよぉっ!!!』

妖精は「はいここです!」といい、ここで映像を一時停止した。スクリーンにはものすごい形相の醜い顔の姫と、マネージャーに庇われながら画面右側に足早に去る男性芸能人の背中が映っている。

妖精:「なんで分かってくんねぇんだよ」、あなたはこう言いました。
姫:はい。

妖精:「なんで分かってくれないの?」、この言葉であなたは何を伝えようとしていたのですか?
姫:ん?

妖精:どうして「なんで分かってくれないの?」になるんですか?あなたは何を分かって欲しかったんですか?
姫:、、、???

妖精:説明できますよね?言いたい事を「言わなくてもわかるじゃん?」って思ってるから怒ってるんですよねぇ?
姫:、、、(考えている)
妖精:(聞いている)
姫:うーん、、、
妖精:、、、
姫:???

妖精:相手の立場になって考えてみてください。こちらの男性は、あなたに何もしていません。なのにあなたは、何の説明もなくいきなりキレて、「なんで分かってくれないの」と怒り喚き、暴力まで振るっています。
姫:そうですね。
妖精:なんですかその軽い返事!ちゃんと相手の立場に立って想像できていますか?だって分かるわけないですよ。男性からしたら意味不明です。あなたから何の説明もないんですから。
姫:、、、確かに。
妖精:さぁ、全部じっくり聞きますよ。全部教えてください。全部正直に、全部話してください、全部!

姫:(頭が真っ白になる)

妖精:そうなりますよね、、、で、僕、思うんですけどね、、、これ、、、「なんで分かってくれないの」そう言ってる当の本人が、一番よく分かってないんだと思うんですよ。
姫:???

妖精:「なんで分かってくれないの」は、その人にとって、相手にやってほしい反応っていうのがあって、それに向けてその人は当たり前のようにごく自然に動いていて、でもそのやって欲しい反応が相手の当たり前とは大きくズレていて、だからやってほしい反応が全然伝わっていなくて、だから「なんで分かってくれないの」になってるっていうことなんですよ。
姫:???
妖精:その証拠に、「なんで怒ってるの?」と聞き返すと、「なんで言わなきゃいけないの?」という反応になり、「分かってあげられなくてごめん」の『あげる』が上から目線に聞こえてしまう。なぜなら「なんで分かってくれないの?」側は、自分のコミュニケーションにはなんの不備もなく、かつ顕在意識でも潜在意識でも、自分の解釈以外の別の解釈があるという事を知らないから。
姫:、、、。
妖精:どうですか?
姫:、、、ふふっ。
妖精:いや、笑い事じゃないですよ!あなたが起こしたの、これ、刑事事件ですからね!!
姫:ふふふっ(笑)

妖精:まぁたとえばこういうことですよ。手術室で執刀医が「今からオペを始めます」と言ってあなたの目の前に右手のひらを差し出してきたとします。助手のあなたは何をしますか?
姫:えっ、メスを渡すんじゃないの?
妖精:でも「メス」って言われてないですよ?
姫:オッス。
妖精:ギャグですか?
姫:うっす。すませんっす。
妖精:で、どうします?
姫:どうしマッス?まーっすまっすーマッスルパーティー💪✨(立ち上がる)
妖精:(冷たい目)
姫:すませんっす。(着席)
妖精:(咳払い)執刀医があなたに何も言わずに右手のひらを目の前に差し出してきました。あなたはどうしますか?
姫:うーん、メスじゃないんだよね?じゃあとりあえず握手?
妖精:握手?!
姫:「よろしくお願いしまーす!手術頑張りましょうねー」って(笑)
妖精:まーたふざけて。
姫:ダメ?(笑)
妖精:それこそ「なんで分かってくれないの?」です。
姫:えーーー分かんないよぉーーーーー!!!!
妖精:正解は「あなたからも一言どうぞ」です。
姫:嘘でしょ!このシチュエーションで?!!(笑)
妖精:この手術はあなたの大事な人の手術で、あなたはこの人の治療をしたくて医学の道に進みました。あなたは一生懸命お金を集めて、あなたが執刀医を決めてあなたが手術の同意にサインをしました。
姫:で、気ぃ遣ってくれたってこと?!
妖精:って状況の背景を知ってるとなんとなく分かりますよね?

姫:えーでもそれだけでもまだ分かんないよ。執刀医がそんな粋な計らいをしてくれる人物だと私が知っておく必要があるよ。
妖精:だし、執刀医がどれだけあなたのことを思っているかどうかもあらかじめ知っておく必要がある。じゃなきゃ躊躇ってしまう。この、手のひらを差し出しただけの合図を、互いに正しく認識し合い、伝え合い、読み取れ合っていたとしても、ひとこと挨拶なんてシチュエーションはお互い初めてのことですから、わかってはいても、やはり心のどっかでは「間違ったらどうしよう」って思ってしまう。さらに、自己愛が不足していて「私には価値がない」と無意識に思っていようものなら尚更。
姫:じゃないと「一言どうぞ」なんて大胆な解釈、できないもんね。
妖精:ええ。ですので、こうやって、物事の背景、相手の背景、自分の背景を知っておかねば正しく反応し合えない。つまり、「なんで分かってくれないの?」は、無意識レベルで分かり合えてない背景部分の氷山の一角ってことです。
姫:ほぇー

妖精:というわけで姫、話を戻しましょう。
姫:はい。
妖精:あなたはなぜ今回のような行動を取ったのですか?
姫:えーっと、、、分かりませんっ!!!
妖精:でしょうね。
姫:ってなっちゃうじゃーーん!!!(笑)
妖精:だから笑い事じゃないんですって!これは立派な刑事事件!あなたは凶悪犯なんですよっ!!!
姫:あっははーー(笑笑笑)


妖精:そもそもなぜ「ぶっ殺す」なんて言ったんですか?
姫:いやぁついつい。
妖精:ついついって、、、これ、立派な脅迫罪ですよ。しかも宣言通り、ちゃんと危害を加えようとしていますから、冗談とはみなされない。
姫:だから手ぶらで行ったんだよ!武器持っていったら絶対使っちゃうし、絶対大事件になるから絶対何も持って行っちゃだめーって、ちゃんとそこは考えた。
妖精:だったらなおさら行っちゃだめでしょ!「おぉっとこれは危害を加えちゃいそうだ、危害を加えそうだ、あーー危害を加えてしまうぅーーうわぁーーーーくわえちゃったーーー」ってことですよね?
姫:ププ。おもろ♡(笑)
妖精:だから笑い事じゃないんですよ!!!真剣に聞いてください!!
姫:アツいねぇ刑事さんは。
妖精:(睨む)
姫:だからごめんって(ため息)
妖精:で、危害を加えてしまいそうだと事前にわかっていて、なぜイベントに行ったんですか?
姫:、、、。


妖精:あなたたちは顔見知りですか?
姫:、、、たぶん?
妖精:たぶんというのは?
姫:知られてはいます。
妖精:でも知り合いだという確証はないってことですね?
姫:、、、はい。


妖精:どうして相手が自分を知ってくれていると思うのですか?
姫:、、、そこは秘密にさせてください。
妖精:わかりました。


妖精:あなたは彼に何かされたのですか?
姫:いいえ、何もされてはいません。
妖精:何もしていない相手になぜ殺意を抱くのですか?
姫:、、、何もしていないからです。
妖精:何もしていない相手だとあなたは殺意を抱くのですか?
姫:、、、はい。
妖精:私はあなたに今何もしていませんが、あなたは私に殺意を抱きますか?
姫:いいえ。刑事さんは何もしていなくはないです。刑事さんは、私の話をちゃんと聞いてくれます!
妖精:彼はあなたの話を聞いてくれてないんですか?
姫:(首を横に振る)いえ、あの、そういうわけじゃないんです。

妖精:じゃあ、どうして「何もしていない」になるんですか?
姫:、、、。
妖精:彼にしてほしいことがあって、でもそれをしてくれないことが「何もしていない」になっているのではないですか?
姫:(沈黙)

妖精:自分で気づきましたね?
姫:(頷く)
妖精:ですね。そしたらあとは吐き出すだけです。
姫:(沈黙)
妖精:いつまででも待ちますよ。


姫:(沈黙)



舞台照明が、だんだん朝焼けに色づいた。









姫:(ピンマイクを外し、役から降りる)いっていいと?
妖精:(ピンマイクを外し、役から降りる)えっ、ここでね?!
姫:(小声)なんいいよっと!あんたがいいだしたっちゃろーもん!!
妖精:(小声)しゃんなかやん!!ほかにほうほうあっとね?!
姫:(小声)しらんよ!ないけんここにかきよるっちゃろおもん!
妖精:(小声)ほんなこていわんくさ!なんばそげんひよっとっと!
姫:だってほうげんでもむりやん!いえんもん!
妖精:いわな!うちらはおもてにでていかんといかんとよ!いつまでんこげなとこでなんでわかってくれんとってだまってまっとっちゃいかんとよ!いつまでたってもせかいもかいそうもつながらん!かいだんなんてないったいくそったれが!あんたのゆめはあんたがかなえんとだれもたすけてくれんと!やってほしいことをやってくれるのをじっとひとりでいえにこもってまってちゃいかんだってあんたはよめなんやけんちゃんとおもてでもふうふしてくださいかぞくしてくださいはっぴょうしてくださいまわりにゆうてくださいしりあってくださいちゃんとであってくださいめのまえですきてゆうてくださいでないともうくそしんどいですうんこたべるくらいつらいですわたしひとりでかってにしあわせになるんでふたんにならないんでかってにいきるんでよかったらもらってくださいってあんたこそほしいものをじぶんでくちにだしてこえにだしてゆうきだしてはっきりつたえていかんと!おもてでもゆうていかんと!あんたがっていっちょんいわんけんあっちもいっちょんみうごきとれんとやろが!あっちはりすくがありすぎやんけんいっちょんうごけんけどあんたはひとりみやしいっぱんじんやしうんこもたべたしどへんたいやしふつうじゃないしもうこわいもんなんてこのよにないっちゃんけんせいせいどうどうころされるまでしんだようにいきていきっ!(ピンマイクをつける)
姫:(ピンマイクをつける)
妖精:さぁ役に戻りましょう。
姫:ほーい。
妖精:まぁね、刑事は不起訴でしょうね。初犯ですし。脅迫罪はちょっとややこしいですが、そこは示談でなんとかしてください。
姫:はい。
妖精:これからは適度な距離感で推し活するように!いいですね?
姫:はい、大変申し訳ありませんでした。(しっかり頭を下げる)
妖精:じゃあ最後にもう一度。あなたは一体何をしてほしかったんですか?
姫:ったくこっちが聞きたいよ。
妖精:はぁ?
姫:えっ?(笑)
妖精:ちょっ、それどういうことですか?(笑)
姫:しらねぇよ、向こうに聞いてくれよ(笑)
妖精:えーーさっきと話がだいぶ違うじゃないですか!(笑)
姫:なんだよめんどくせぇな(笑)
妖精:もぉー!そういうとこですよっ!!!
姫:(爆笑)


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