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ベルリンの壁崩壊端緒の町、ライプツィヒのブルックナー

先日「かふぇ あたらくしあ」にご来店いただいた、前職時代からお付き合いのある女性と、その週の前半に放送されたNHK「映像の世紀バタフライ〜宰相メルケルとベルリンの壁崩壊」の話から、1920年代以降のベルリンの話になった。

彼女は私と殆ど同じ年齢で、同じくラジオ業界で主に報道・情報セクションでキャリアを築き、2020年10月、私より1年半早く早期退職、今はある大学で非常勤講師として、報道や情報に関する講義を持っている。

彼女はフランスのベル・オペックの文化潮流については見識があったが、その少し後の時代である1920年代のドイツ、特にベルリンの文化・芸術はあまり意識したことがなかった、という。

逆に私はクラシック音楽の側面から、両大戦間の時代、つまり1920年代から40年代のベルリンの音楽シーン、それに関わる時代背景、政治、イデオロギー、宗教、芸術的潮流にとても興味がある。

少し乱暴な言い方になるが、この間のベルリンの音楽シーンについて、より実感を伴って知りたい、その時代に生み出された演奏や歌に直接触れたいと思い、その時代に録音された78rpm(SP盤)とそれを再生する蓄音機に魅せられた。
そして高じてこれらを人々と楽しむ集いの場として「かふぇ  あたらくしあ」を開業した、と言ってもあながち間違いではない。

1920年代、第一次世界大戦の敗戦国ドイツは、莫大な賠償金の支払いに追われ、生産力不足も加わり、外貨不足による大インフレに陥ったことはよく知られている。

そんな状況にも拘らず、いや「だからこそ」と言っていいと思うのだが、そんな経済状況と反比例して音楽演奏をはじめとする文化が成熟したのが、ベルリンという敗戦国の首都、パリと並ぶ芸術の都だったのである。

その当時のベルリンの音楽シーンを象徴する、1枚の有名な”奇跡的邂逅”の写真がある。

左からブルーノ・ヴァルター、アルトゥーロ・トスカニーニ、エーリヒ・クライバー、オットー・クレンペラー、そしてヴィルヘルム・フルトヴェングラー。

これは1930年、トスカニーニがニューヨーク・フィルハーモニックを率いてヨーロッパ・ツアーを行った際、べルリンで行われた歓迎レセプションでの5ショットだ。

当時ヴァルターはベルリン市立歌劇場(現ベルリン・ドイツ・オペラ)、クライバー(これまた有名で人気絶大だった指揮者、カルロス・クライバーの父)はベルリン国立歌劇場、クレンペラーはベルリン・クロル・オペラ(現在は存在しない)、フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニカーのトップに君臨していた。
いわば20世紀を代表する巨匠指揮者たちがこの一枚にスッポリと収まっている(逆に収まっていないのが、ハンス・クナッパーツブッシュ、クレメンス・クラウス、カール・シューリヒトだけ、と言ってもいいくらいだ)。

この1枚だけで妄想が限りなく広がる。まったく飽きない。

両大戦間の前半、つまり1933年にナチスが政権を奪取するまでのベルリンは、まさにクラシック音楽の真の都だったのである。
4人のうち3人はそのナチスを嫌い、あるいは追われドイツを、そして旧大陸を離れた、離れざるを得なかった。

アメリカに渡ったユダヤ系のヴァルターとクレンペラー、そしてアングロ・サクソン系であったがアルゼンチンに向かったクライバー(彼の息子が「カール」ではなく「カルロス」なのはそのため)。

ベルリンに残ったのは、フルトヴェングラーだけだった。



時代は戦後。東西に分裂したドイツ。

これは1950年代に東ドイツで作られ、「本場もの」というコピーを掲げて、外貨獲得のためにも活躍した大切なプロダクツ。

ベルリンの壁崩壊のきっかけとなった「月曜ミサ」が行われていたライプツィヒ生まれのブルックナー「交響曲第7番」。

指揮はフランツ・コンヴィチュニー。

テコでも動かない岩のような演奏。

政治やイデオロギー抜きでは、音楽や音楽産業は語れな時代の、しかし今でも輝きを放つブルックナー。

「月曜ミサ」に賛同したのは、コンヴィチュニーの2代後のゲヴァントハウス管弦楽団カペルマイスター、クルト・マズア(その行動には「否」の意見もあるが)。
彼はゲヴァントハウス史上、初のブルックナー交響曲全集を録音。

マズアの後任、ヘルベルト・ブロムシュテットも全集録音を行い、それに続いたリッカルド・シャイーもオーケストラは異なるが全集を残している。

そして現カペルマイスター、アンドリス・ネルソンズも現在ブルックナー交響曲全集を録音中。

時代背景やカペルマイスターの音楽性により、その演奏にもちろん違いはある。
ただそれは枝葉のレベルのように思える。

安直すぎるし、その言葉を使うことで却って演奏の本質にヴェールを掛けかねないが、「伝統」という言葉をどうしても使いたくなるほど、彼らの作る音楽に大きな違いはない、と言ったら少々乱暴か?

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