ベルリン・フィルの本気
昨日、世界一のオーケストラ(「何を基準に皆そう言うのか?」という議論は今は止めておく)、と言われるベルリン・フィルの功罪の『罪』をたっぷり書き連ねた。
だから今日は逆にベルリン・フィルのメンバーが、如何にアンサンブルの達人だったか?という問の答として、これ以上適切なものはないであろうLPレコードをご紹介することにする。
ヴィヴァルディを代表する作品、「合奏協奏曲集 作品3《レストロ・アルモニコ(調和の霊感)》』。
1980年にリリースされている全12曲3枚組セット。
「よりによって天下のベルリン・フィルが、しかも指揮者を置くことなくヴィヴァルディとは何ぞや?」という疑問を禁じ得ないこのセッション録音。
しかし、実はここに当時のベルリン・フィルのメンバーのアンサンブルへの真摯な取り組み、ヴィヴァルディの音楽の本質を鮮やかに描き出し、「だから世界一なのね!」と納得させるに十分な音楽への奉仕、表現がある。
何処ぞの日本人コンサートマスターが率いる今のベルリン・フィル八重奏団が、「赤子の手を捻る」ように音楽をポッと生み出して圧倒し、作曲家を平気で越えようとする野心とは真逆の音楽の心がここにはある。
当時はまだピリオド・スタイル(ヴィヴァルディの時代の音楽様式を検証して、その結果を古楽器で演奏する)は、未だメインストリームではなかった。
イ・ムジチやクラウディオ・シモーネ率いるイ・ソリスティ・ヴェネティ、そして一番尖っていると言ってもネヴィル・マリナーとアカデミー室内楽団あたりが、ヴィヴァルディ『レストロ・アルモニコ』のスタンダーズ。
クリストファー・ホグウッドやトレヴァー・ピノックの本格的な進出にはまだほんの少し時間があった。
だからベルリン・フィルのストリングス集団が、この曲集の録音を世に問うと知った時は、少なからず驚いたのと同時に、彼らは何を目論んで録音に望み、それを発表しようとしたのだろうか?と逆に興味を持った。
アンサンブルはベルリン・フィルが誇る二人のコンサートマスター、レオン・シュピーラーとトーマス・ブランディスが交代交代でリーダーを務めて統率。
ベルリン・フィルのそれとわかるブリリアントでコシがある音で、しかし決してマッシヴではない軽やかさを持って、ヴィヴァルディの創意工夫を表現していく。
このセットがリリースされた時、バロック音楽のオーソリティだった皆川達夫氏が「メルセデスに乗ったヴィヴァルディ」とレコード評に書いていたが、「上手いこと言うなぁー
」と感心した。
本来、「ヴィヴァルディがベンツに乗る」と喩えられたら、それは違和感を言い表しているように聞こえるけれど、皆川先生は別にネガティヴな意味でそう言ったわけではない。
そしてそう言われた方として、その絵を頭の中に描いてみると、ヴィヴァルディがベンツの安定した走りに満足しながら、気持ちよくクルーズしている様子がはっきりと映像化される。
これを『レストロ・アルモニコ』の代表的演奏、模範演奏と言うことはできないかもしれないけど、ヴィヴァルディの音楽が持っている表現される幅、多様性をこれほど聴く者に印象付ける音楽もないだろう。
ヴィヴァルディを超えることはなく、でも『これもありでしょ!」と聴く者の上を行くヴィヴァルディ。
シュピーラーとブランディスという稀代の「アンサンブルの天才」の仕業の見事なこと如何ほどか?
二人は自分の実力をあからさまに見せつけることなく、しかし世界最高と言われるオーケストラのコンサートマスター然とした仕事をサラッとやってのける。
ミシェル・シュヴァルべと共にカラヤンの絶対的信頼を勝ち得たアンサンブルの天才たち。
コンサートマスターとはこういう人たちのことを言うのだよ、樫本君。
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