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ソ連・メロディア盤 ハンス・クナッパーツブッシュ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス『交響曲第3番 へ長調 Op.90』 1944年9月9日 放送録音

ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbusch, 1888年3月12日 - 1965年10月25日)。
今日、2021年3月12日は彼の133回目の誕生日だ。

戦時中もW.フルトヴェングラー同様、ナチス政権下のドイツに残り、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルを指揮していたクナッパーツブッシュ。
戦後、フルトヴェングラー同様、非ナチ化裁判にかけられ無罪とはなったが、ナチスのオーケストラであったベルリン・フィルのドイツ各地への演奏旅行に帯同して指揮したり、バイエルン国立歌劇場時代は、反ユダヤと思われても仕方がないような言動、行動があったことも事実。
ただ、クナッパーツブッシュはフルトヴェングラー同様、政治やイデオロギーには無頓着で、何よりヒトラーはフルトヴェングラーやC.クラウスの作る音楽を好み、クナッパーツブッシュはヒトラーから嫌われていた。そんなクナッパーツブッシュが、ナチス・ドイツが音楽的象徴として利用したワーグナーの大家であったことは何とも皮肉なことであった。

クナのブルームス 3番

ワーグナー、そしてブルックナーの音楽的十字軍であったクナッパーツブッシュであったが、ブラームスについては第1番を除き、他3曲の交響曲や管弦楽作品は重要なレパートリー(というか、数少ないレパートリーの中心)であった。
特に『第3番 へ長調 作品90』が大のお気に入りで、プログラムに度々上げられた。
それを証拠に、スタジオ・セッション録音、放送用録音、ライブ録音を併せると、クナッパーツブッシュの第3番の録音は、確認、リリースされただけで8点もある。
クナッパーツブッシュの録音で重複が最も多いのは、1951年以降、1953年を除き毎年指揮してきたバイロイト音楽祭でのワーグナー『パルジファル』であることはもちろんその通りだが、それに続くのがブラームスの『交響曲第3番』だ。
以下がその8種類(録音年代順)だ。

① 1942/3/11-12  
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(独エレクトーラ・セッション録音)

② 1944/9/9  
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(放送用録音)

③ 1950/11/5
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(放送用録音)

④ 1955/7/26
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ザルツブルク音楽祭ライブ )

⑤ 1956/11/4
ドレスデン・シュターツカペレ(ライブ)

⑥ 1958/11/9
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ライブ)

⑦ 1962/5/14 
ケルン放送交響楽団(ライブ)

⑧ 1963/11/15 
シュトゥットガルト放送交響楽団(ライブ)

余程のクナ・オタでなければ8種類を聴く必要などないが、新古典主義的解釈でも、フルトヴェングラーのロマン的解釈でもない、クナッパーツブッシュ唯一無比の解釈、この作品を人一倍愛した巨匠指揮者の記録として、どれかを聴いて損はない。いや、聴くべきだ。

いずれにも共通するのは、第1楽章の冒頭の、雪崩を起こしているかのような相当な重さを持ちながら、落ちてくるような音の運び。それはとてつもなく鈍く、まるで歌舞伎役者が大見得を切るような仰々しさがある。
しかし、それが不自然とは感じないようなフレーズとフレーズの繋ぎ、気分的な起伏の豊かさは格別で、「これがワシの愛するブラームスじゃ」と御大が言うのならその通りなのだろう、と思ってしまう説得力がある。フルトヴェングラーもそうだが、異なるフレーズとフレーズの繋ぎ方に秀でた指揮者の作る音楽は、聴く者を知らず知らずのうちにその世界へのめり込ませていく力がある。
一転、第2楽章は焦点がぼけているにもかかわらず、遠景を眺めるような曖昧さ(良い意味)を伴った包容力のある音楽。
第3楽章もテンポをギリギリまで落として、忍耐力で聴かせ切るような音楽。
そして、第4楽章の壮大さ、特に第2主題の巨大なものが自力で動き出すような持って行き方は、クナッパーツブッシュならではものだろう。

全8種の中のファースト・チョイスは?

私が最初に買ったクナのブラ3は⑤のウィーン・フィルとのザルツブルク音楽祭ライブ。キングレコードから出たLPだった。
良いとは決して言えない、出所不明のほぼ海賊版的音源ではあったが、先ほど連ねたようなクナッパーツブッシュのこの曲における特徴的表現は、十分感じられた。
時を追うにつれ、未発表だった音源が音盤化される中、ある人は「1950年のベルリン盤が最もクナッパーツブッシュの体臭を感じる」と言い、「社会主義体制下でのドレスデン盤が、比較的録音コンディションがよく、ライブらしいオケの味がよく出ている」という人もいた。
ぶっちゃけ、そんな大差はないと言ってしまえばそれまでなのだが、CD時代、テクノロジーに支えられながらも、アナログ的音の豊かさを優先するのならば、②の1944年9月9日ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と録音した放送用録音がおススメだろうか?

実はこの1944年の録音はまず、ソビエトでLP化された。

第二次大戦後、ソ連軍がドイツを引き払うにあたって、当時世界最先端技術の磁気録音システム、マグネトフォンによって記録された演奏を、保管されていたベルリンの放送局から持ち帰り、1950年代中盤から国営レーベルのメロディアが国内でレコード化したのだ。
一番有名なのは、フルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮した戦時中のライブの数々だが、その中にこのクナのブラ3も含まれていた。
戦後、ソビエトを旅行で訪れた西側諸国の音楽ファンがこれらのメロディア盤を発見し、一躍その存在が注目されたのだ。
冷戦時代の興味深い事実。

メロディアは同じ音源でもその時代やプレスした(都市)工場などにより、様々なレーベルが存在する。初期プレスがレアで珍重されがちではあるが、実は音質に限れば、初期プレスだから素晴らしい、とは必ずしも言えず、むしろ現代のアナログ・プレーヤーで聴くならば、より新しい時代のプレスの方が、安定した音が出る、というのが今では定説だ(1964年にメロディアが国営企業として統合される以前は、「プレ・メロディア」と言われる10種のレーベル名が存在し、112種以上の異なるレーベル・デザインが作られていたらしい)。

私が余裕しているクナのブラ3は、まさにその比較的新しい(おそらく1968年以降)イエロー・レーベルのメロディア盤である。

そして、このLPを盤起こししたCDがこちらだ。現在でも容易に手に入る。

【ターンテーブル動画】

ハンス・クナッパーツブッシュ、1944年9月9日、ベルリン・フィルとのブラームス『交響曲第3番 へ長調 作品90』。

1944年6月、連合軍によるヨーロッパ大陸への再上陸作戦「ノルマンディー上陸作戦」が成功し、ドイツの敗戦はより現実的なものになりつつあった。
この録音が行われた9月9日には、シャルル・ド・ゴールによるフランス臨時政府成立し、ドイツの支配下にあったブルガリアで祖国戦線によるクーデターが起こり、翌10日、ブルガリアはドイツに宣戦布告している。
前日8日、ドイツは開発したV2ロケットによるロンドン攻撃を開始したが、この不出来なロケットはドイツを勢いづけることなどできなかった。

さて、こんな時期のクナッパーツブッシュが愛する作品の演奏を貴方はどう聴かれるであろうか?

なお、クナッパーツブッシュが亡くなった時、ミュンヘンでの追悼式でバイエルン国立歌劇場管弦楽団がまず演奏したのがこの曲の第2楽章であった。


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