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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #33~B.キッテル/ブルーノ・キッテル合唱団&ベルリン・フィルハーモニー バッハ『マタイ受難曲』(1942)

今週は聖週間。明後日4月2日が聖金曜日、キリスト受難の日である。

自分を律しているわけではないが、今週は毎晩、いろいろな『マタイ受難曲』を(基本的に)全曲通して聴いている。
因みに今夜は1976年5月、当時のハンガリー音楽界の総力を結集したS.シャーンドルが指揮したライブ盤を聴いた。

ユリア・ハマリというハンガリー出身のメゾ・ソプラノ(アルト)が大好きなので、彼女が参加しているこの盤を聴く機会も多い(画像右上)。
ハマリはカール・リヒターヘルムート・リリングという、おおよそ交わることがないようなバッハ感を持ったバッハの権威から共に寵愛され、教会カンタータや『マタイ受難曲』の録音で二人に数多く起用されている(リヒターとの『マタイ』は、彼唯一の『マタイ』映像作品で)。

1942年 晩夏・ベルリン

というわけで、様々な時代の様々な様式、そして「事情」のある『マタイ』を聴いているのだが、その中で一つ、78rpm時代、唯一の全曲録音(当時の慣習的なカットは一部あるが)であるブルーノ・キッテルと彼の合唱団、そしてベルリン・フィルハーモニーの演奏も、部分的ではあるが改めて聴いてみた。
1942年8月から9月にベルリンで録音されたドイツ・ポリドール製18枚組。
9枚ずつ収められた2冊のバインダー・ジャケット。とにかく重い。

仮に世界史にそれほど興味がない方でも、1942年の夏の終わりから秋にかけてのナチスの帝都ベルリン、そしてドイツがどんな状況だったかは、なんとなく想像はできるだろう。
ごく簡単に言えば、「スターリングラードの攻防戦」の局面が、ドイツ有利からソビエト有利に傾いた時期。この戦闘での大打撃、消耗がナチス・ドイツ敗戦、破滅のきっかけとも言われている。そんな時期にベルリンで録音された『マタイ』・・・。

また、ブルーノ・キッテルという合唱指揮者の名前も、W.フルトヴェングラーのファンの方なら、何度も目にしたことがおありだろう。

このマタイと同じく1942年に録音されたフルトヴェングラーとベルリン・フィルの2つの『第九』、ひとつは彼の第九の録音の中で“最もエキサイティング”と言われている3月のもの、もうひとつはA.ヒトラーの誕生日前日4月19日に総統を祝う演奏会、いわゆる“ヒトラーの第九”、そのいずれの合唱も担当していたのが、このキッテル合唱団である。

無理くりに演奏や音盤と時代をこじつける必要などないが、ただ、このキッテルの『マタイ』はそんな時代背景を無視するのが、却って不自然のように思う。

ヒトラーとバッハ

「政治と音楽」というナチス・ドイツ時代の音楽を語る場合、避けては通れない問題が頭の中に広がっていく。これが「苦悩から歓喜へ 祝祭としての第九」「ドイツ国民精神高揚のためのマイスタージンガー」ならまだしも、「死」をテーマにした『マタイ受難曲』であるのだから、なおさらだ。

ナチス・ドイツ、あるいはヒトラーとバッハ、特に宗教声楽曲との関係がどうであったかは、ベートーヴェンやワーグナーとのそれと比較すれば、ほとんど語られてきたことはないように思う。
バッハはもちろん禁止音楽ではなく、「ドイツ的なもの」として賞賛されていた。
しかし、ヒトラーは「イエス・キリストはユダヤ人ではなく、アーリア人で、イエスの真の教えはユダヤ人によって著しく汚され、歪曲して伝導された」と考えていたという。
よって「イエス」は尊敬していたが、「キリスト教と教会」を嫌っていたのだと・・・。
だとしたら、教会音楽であり、キリスト教徒の心の拠り所であったバッハの受難曲やカンタータについては、どう思っていたのだろうか?
もし、この辺りについて見識をお持ちの方がいらしたら、是非ご教授いただきたい。

第二次大戦中のマタイ受難曲

1941年3月に演奏、録音されたトーマス・カントル、ギュンター・ラミンの『マタイ』、1939年4月に演奏、録音されたウィレム・メンゲルベルクの『マタイ』を聴く時にも、その演奏の尊さ、『マタイ』を聴き、首を垂れる善人の心の内、そして、「人間の尊厳」について考えずにはいられない。

そしてやはり、その中でもこのキッテルの『マタイ』に思うところは格段に多く、深い。

【ターンテーブル動画】

今回は第一部冒頭合唱『来たれ、娘たちよ、われとともに嘆け(Kommt, ihr Töchter, helft mir klagen)』を。

1944年1月には連合軍の空爆により焼失する旧ベルリン・フィルハーモニーでの録音。

余談だが、この「マタイ」の原盤は、潜水艦(Uボート)でドイツから日本に届けられ、日本ポリドールが17,000セットをオーダーした、とのこと。
その割には日本盤を見かけたことがないのは何故か?戦災で灰に化したとでも言うのか?

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