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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #95~ハンス・クナッパーツブッシュ/ベルリン大交響楽団 ハイドン「交響曲第100番 ト長調 『軍隊』」(1933)

クナッパーツブッシュの録音嫌い

ハンス・クナッパーツブッシュ(Hans Knappertsbusch, 1888年3月12日 - 1965年10月25日)が1933年4月10日に録音したと言われているハイドン『軍隊交響楽曲』である。英Parlophoneから10inch4枚組の78rpmでリリースされた。オーケストラはBerlin Grand Symphony Orchestraとクレジットされているが、これは恐らくベルリン・シュターツカペレ(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)と同じと思われる。

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クナッパーツブッシュは、練習嫌いでレコーディングには積極的でなく、レコーディングの意義については全く理解をしていなかった、とよく言われてきた。
実際に第2次大戦後、LP時代に正規録音された音源は一枚ずつ指を折って数えられる程度しかない。
そのLPの中には、オーケストラ(ウィーン・フィル)の一部のメンバーは譜面に指示されている繰り返しを忠実に守って演奏しようとした一方、もう一方のメンバーたちは繰り返さないでスルーして演奏をしたため、演奏に混乱が生じているものがあったりもする。
当然レコード・プロデューサーは「リハーサルをしないから、こういうことになるのです。リテイクです。教授!」と提案するのだが、クナッパーツブッシュは「そんなの誰もわかりやしないさ」と言って、それを拒否した、というエピソードまである。
つまり「記録の重要性」など眼中になかったと言える。

クナッパーツブッシュの78rpm

しかし、一方戦前の78rpm時代に目を転じてみると、この時代にしては決してレコーディングが少なかった、というわけではなかった。
彼の人生初録音レコード録音は、1925年のJ.ハイドンの『交響曲第92番ト長調 ”オックスフォード”』とC.V.フランケンシュタイン(1875-1942)の『マイアベーアの主題による変奏曲』の2曲。
その後もモーツァルトの第39番、第40番、第41番の交響曲、ベートーヴェンの第3番と第7番、ブラームスの交響曲第3番、得意のワーグナーの序曲や前奏曲、後年のイメージからは考えられないヴェルディ、また現代では音楽会やレコーディングのレパートリーから消え去ったようなコンサート・ピースなども録音している。

その数は同時代に活躍したB.ヴァルター、W.フルトヴェングラー、E.クライバー、C.クラウスと比較すればさすがに少ないが、O.クレンペラーと比較したら多いように思われる。

クナッパーツブッシュのハイドン

ハイドンの交響曲も78rpm時代に先述の第92番『オックスフォード”』、第94番『驚愕』、そして第100番『軍隊』の3曲をセッション録音している。
クナッパーツブッシュのハイドン、と言えば戦後の実況録音が4種類ほど残されている第88番『V字』がよく知られている。
そしてその第4楽章は指定のテンポよりも2倍ほど遅いテンポで進められるが、コーダに差し掛かると聴く方が「それまでのテンポ設定は何だったのか?」と唖然としているうちに一気呵成にギアチェンジし猛スピードのうちに終わる、という正気ではないテンポ設定でも有名だ。
ウィーン留学中にクナッパーツブッシュの演奏に実際に触れたことのあるZ.メータは「ハイドンのシンフォニーを倍の遅さで演奏しようと、そこに音楽性があるから彼の音楽は成り立っているのだ」と回想しているが、それをそのまま鵜呑みにはできないくらいの破天荒な『V字』だ。

さて、そんなクナッパーツブッシュの『軍隊』。
当時の78rpmに聴く彼の演奏が、後年のそれのようにゆっくりとしたテンポを採用しているかと言えば、ほぼそうではなく、基本的には当時の音楽の潮流であった新古典主義、即物主義(ザッハリヒ)的解釈によるものが多い。その中で、彼ならではのちょっとしたテンポの変化や、表情の濃淡のようなものがある、といった程度だ。
この『軍隊』でもそれは当てはまり、第2楽章の中間部や第3楽章のトリオが少し芝居がかっているのを除けば、古典的様式に収まる演奏。
しかし、そんなパートで「おっ」と思い、ニヤニヤして聴いてしまう、というのが、この時期のクナッパーツブッシュの音盤を聴く楽しみか?

録音時クナッパーツブッシュは45歳。
1933年当時、クナッパーツブッシュはバイエルン国立歌劇場音楽総監督の地位にあったが、この年1月に政権を取ったアドルフ・ヒトラーとは正反対の音楽美学を持った彼は、35年にはその座から引きずり降ろされ、年金生活に入ることになる。

【ターンテーブル動画】

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このハンス・クナッパーツブッシュのハイドン「交響曲第100番 ト長調 『軍隊』」の音源はCD化され、またYouTubeでも出処不明な音源がアップされている。
しかし、そこはやはりオリジナルの78rpをちゃんとした蓄音機で生成した時の音質自体の鮮度には敵わない、と敢えてお伝えしておこう。


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