電車で揺られるおじさんの表情がステキ

きょうはすごい景色をみましたー。世界がおわりそうなぐらい大きい太陽が、電車の窓から「こんにちは!」ってこっちをみていた。ああ、このひかりにこのまま何もかも吸い取られればいいのにとねがったのもつかの間、10分後には前にたってるおじさんの顔を橙色に染め上げ、顔を歪ませる意地悪をしていましたー。生きる時間すぎて、電車の中でほんのちょっぴり泣いた。おじさんの表情に、泣かされた。だからわたしの太陽はあのおじさんです。ありがとうー、もう顔も覚えてないけど。

無理して笑顔作るの楽しすぎる。全然頑張れてないです、毎日。勉強も人間関係もSNSでのやり取りもぜーんぶつかれた。本読むのと、音楽聴くのと、絵をたまに描いたり詩をかいたり。「リアル」がいいな、手にとってみれるから。笑うと瞼のうらぴくぴくする。人と行動するの、上手くいかない。ひとりが落ち着くけど何故か孤独に感じる。この都合のいい感情を処理するにはこの世から消えるしかなくて面白い。自分の心と付き合っていくのつらい。

友だちになりたい!と思う子がいるとする、最初は色んなこと知ろうとしていっぱい話しかけて言葉を選び選び話すのだけれど、(人見知りでは無いのでおしゃべりは好き)ある程度相手のことを知ることができたら
「あーきらわれちゃったかも。」
という謎のゾーンに入る。小さい頃のトラウマや自己肯定感の低さが原因だと思うけど、これも過去の私に責任を擦り付けてるだけだ。あの子に絶対嫌われてるー!と思い込んで一つ一つの動作にびくついて深読みしてしまう、勝手に。はずかしい。だけれどこれ辞められないし絶対嫌われてる嫌われてる嫌われてる。って思ってる思ってる思ってる思いたくないよ。でも乗り越えたらなんとも無くなる。この負の思い込みが嘘のように消え去る。(たまに仲良しになった!と思ってもこの現象が再来するときもあるから、ヤダ)大体はここで挫折し、人と仲良くなるのあきらめる。あーこの思い込みのせいで何人おともだち減ったかな。ひとのこと傷つけたかな、ごめんなさい。心の底から、謝ることしか出来なくてつらい。

「つらいつらい」と言うけれど、私より偉くて頑張っててすごい発明とかしてる一見順風満帆そうに見える人のほうがたぶん辛くて、天と地の差があるのです。きっと。人には人のくるしみがあるので、私の感情を勝手に押し付けたらそれは自慰行為でしかないので。儚いねきたないね。誰かに心配される「大丈夫?」とか言われるとよりしにたくなるから誰も声掛けないでーVS誰か助けてー私の本心を聞いてー(誰にも話さない、し上手く言語化できるか分からなくてウケる)れでぃふぁい。どっちが勝つかなあ、絶対前者。だけど承認欲求の塊を人間にしたら私が出来上がるので後者も選択可能。めんどくさいな。

アフリカ系の難民の子とかはもっとつらい酷い生活をしていて、勝手に可哀想と思い込んでる私が可哀想かも。だってみーんな「生きたい」と思うんだって。精神的環境がとてもいいんだろうな、ほんとうの幸せってなんだろーね★

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