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音楽の血肉を追うvol.1 -Behind The Beat-

”ジャンル”という概念のしっくりこなさ

「好きな音楽ってどういうの?」ときかれてちょっと困ってしまいますよね。好きな曲を一曲思い浮かべてください。イマドキのやつを。

ジャンルの網で「その音楽」をすくい取ろうとしたとき、ある部分はすくえても、6割方の要素は当てはまらずにこぼれ落ちてしまう。

「このコード感はジャズだけど、ビートはしっかりトラップ、あれあれ間奏でそんなディストーションかかったギターがかかって…ん?サビのバックボーカルはゴスペル!?」

ジャンルという概念はついに、まったく、使い物にならなくなりました。

ジャンルの引退

そもそも「ジャンル」というのは、超ざっくりいうと、音楽をカタログ化してレコードショップで陳列して売りやすくするために生まれました。映画の「ジャンル」にしても漫画の「ジャンル」にしてもみんなそうです。

でも昨今、聞き手としては、Spotifyが「あなたにおすすめの曲はこちら!」と一曲単位でレコメンしてくれる中で、ジャンルをベースに音楽を探すことはあまりなくなりました。

iPhoneをタップすれば世界中の、あらゆる時代の音楽を聴けるようになった昨今。作り手としても、例えばクラシックピアノを習ってきた男の子が、Youtubeで90'sのトランスに出会い、Spotifyで2000年代のトラップやポストダブステップを知って、そういえば生まれ育った地元の、西暦500年くらいから続く土着の音楽の音が脳裏に焼き付いていて、20歳くらいでAbleton Live(作曲ソフト)がMacに入ってたら、こんな曲ができるわけです。

好きな「音の血肉」で、音楽を掘ってみよう

このNoteのシリーズは、ジャンルが通じなくなった現代の音楽を目前にして「わたしは、こんな音楽が好きなのよね」と他人に説明できて、なおかつ自分の興味をさらに深掘りできるようになるための「視点」を解説していくものです。

ケルトの民謡であっても、EDMであっても、曲の中に眠る共通のコード進行やビート、メロディーや音響といった、音楽を構成する「血肉」に注目して好きな音楽を掘ってみようという企画です。

「あたし今夜はナスの揚げ浸しと、プッタネスカ(オリーブとかケイパーとかアンチョビと、トマトソースのパスタ)と、ジャーマンポテトがたべたいのよねぇ」

と言われたとき

「おいおい、日本食なのか、イタリアンなのか、ドイツ料理なのか、もうジャンルめちゃくちゃやんけ

と返す彼氏ではなく

「ナス、トマト、じゃがいも…なるほど、まさみ、いや長澤まさみ、きみはナス科の野菜が好きなんだね」と言える男になろうということです。

なすかのやさい

Behind The Beat

さて、第1回目の音楽の血肉ですが、最近はやりの音楽には欠かせない「Behind The Beat」という血肉を深ぼっていきたいと思います。

まずこちらを。

『テラスハウス Tokyo 2019-2020』のテーマソングにもなっているThe 1975の"Sincerity Is Scary"。マンチェスターのバンド、セクシーでハスキーなボーカルがたまりません。この曲が入っている『The Brief Inquiry Into Online Relationship』はトレンドのサウンド感を全てブチ込んだアルバムですが、The 1975感は前面に出ているのがさすが。

東京が自信を持って世界に誇れるバンド、Wonk。Neo Soulなんてジャンルに括られることが多いみたい。

まだ22歳くらい?のイタリアはAlice Bisiちゃんを中心としたバンドBirthh。中盤から出てくるアコースティックなパートが瑞々しい。

と、色々上げましたが国籍もジャンルもバラバラなこれらのバンド共通の「血肉」、なんとなく感じられましたでしょうか?それはビートです。

数学的に割り切れない、「遅らせる」ゆらぎの快楽

詳しくみていきましょう。まず、ジャズのリズム概念として、①On the Beatと②Behind The Beatというものがあります。

① On the Beat:テンポに正確に演奏する

② Behind the Beat:ぴったりなテンポよりもちょっと遅らせて演奏する

簡単に解説するとこうです。

解説動画を作ったのでいったん見てみましょう。


チッチッチッと刻んでる高い音、この楽器をハイハットと呼びます。このハイハットが正確に拍子の上に乗っているとOn the Beat。朱色の玉が後ろに遅れているのがBehind the Beatです。

Swing = Tripletというのも登場しますが、3連符のことです。3拍子みたいに聞こえると思いますが、あまりにハイハットをビハインドしすぎると3連符の位置と被ってしまい、脳が「あ、これはそういうリズムねぇ」と思ってしまいます。

この、On the Beatでも3連符でもない中間……トワイライトゾーン、数学的に割り切れない数字になるので拍子では表せないところをハイハットで狙うのが肝。

そんなビートの刻み方が、上記3つの曲に共通する「血肉」ということになります。

Behind the Beatの起源

Behind the Beatは上記の通りジャズ由来の奏法で、特にドラムのビートに限った奏法ではなく、あらゆる楽器に応用できるものです。こちらをご覧ください。

0:40あたりからおっぱじまります。

このエロル・ガーナーは左利きのピアニストで、ゆえに右手で弾くメロディーがビートに対してめちゃめちゃモタついて演奏されます。左手のコードと、ウッドベース、ハイハットは正確な拍子を刻み、右手は自由にモタついて存分に歌いあげます。

エロル・ガーナーはこの奏法故にかなり好みが分かれたようで、過小評価されている風もありますが、日本人だと上原ひろみが大ファンを公言していたりと、後世に与えた影響は莫大です。

Behind The Beatはまず「正確に拍子を刻む楽器」があり、その対照としての「遅れ・モタつき」を別の何かで演奏することで楽しむものです。

ですので、例えばさっきの解説動画とは逆でハイハットに正確なリズムを刻ませて、バスドラムやスネアドラムでBehind The Beatすることもできます。

ハイハットを正確に刻んで、代わりにバスドラとスネアをビハインドにしました。

うん、いい感じですね。トリッキーなヒップホップでこういうのあります。

ではなぜ、ハイハットをビハインドにするアレンジがこんなにメジャーになったんでしょう。そもそもそのアレンジはどこからきたのでしょう。

J Dillaの功績

諸説ありますが、このジャズが内包していたBehind the Beatを積極的に取り入れ、その中でもハイハットをビハインドさせたものをスタイル化したトラックメイカーとして(伝説の)J Dillaが挙げられます。

J DillaのWorksは数が多すぎてどうしようという感じですが取り急ぎこれを貼っておきます。J Dillaの場合は上品に、ほのかにハイハットをレイドバック(ビハインドするというより、普通こういう風に表現します)します。

最近はやりのLo-Fi HipHopでは、もっと大胆にレイドバックして積極的に揺らぎを作っていますね。


1980年代後半〜1990年代前半に活躍した、A Tribe Called Questという伝説のヒップホップグループがあります。彼らはアフロセントリック(アフリカ中心主義)というムーヴメントの中核を担いました。アフリカ人ならではのバイブスや歌の内容を押し出し、「あいつぶっ殺す」みたいな怖いヒップホップではなく、もっと陽気で愛に満ちた子供も聞いてOKな曲も数多く作りました。


で、その中のQ-TipというラッパーがJ-Dillaのデモテープを聞いてその才能を買い、贔屓にしました。結果、DillaはTribe Called Questはじめ様々なヒップホップ界隈のアーティストや、R&B界隈のアーティストの曲をプロデュースすることに。各曲の大ヒットにより、J Dillaのハイハットをレイドバックするスタイルのビートはいろんな音楽で「血肉」として広がっていきました。

J Dillaは病弱で、ヒップホップ界隈では珍しく(?)ドラッグや抗争ではなく、2006年、病ゆえに32歳でその短い生涯を閉じました。不慮の事故のNujabesもですが、すごく、ああ…悔やまれます。

Dilla Beatsの席巻

D'angeloのプロデュースもしていたJ Dilla。もうヒップホップにとどまらず、ジャンルを超えて彼のDilla Beatは波及していくことになります。

そんなDillaのHipHop 由来のビートやフィーリングを纏ったSoul(Neo Soulと名付けられた)は瞬く間に世界で人気を博していきます。このスタイルは黒人だけのものではなく、様々な国、人種の作曲家やトラックメーカーが取り入れていくことになります。

みんな大好きなFKJのセッションです。いいですね、この後FKJとJuneは結婚します。きゃっ。今も世界のどこかで二人はレイドバックしていることでしょう。

Tom Mischはさすが上品。J Dillaのような細やかなニュアンスです。

KaytrandaはそんなDilla BeatとHouseをクロスオーヴァーして一躍スターダムにのし上がりました。Dillaのフィーリングはこうしてジャンルを超えてゆき、今に至ります。

おわりに:ジャンルじゃなくて血肉で語ろう

今回はBehind the Beatという血肉について解説しました。

もし今夜、あなたの意中の人と音楽の話になったときは、こんな感じに語ったらきっといい夜になります。

「あたし今夜はJai Paul - BTSTUと、エロル・ガーナー - Misty(譜面が描けない彼が、飛行機の中で思いついて、一生懸命頭の中で反復したまま帰ったという名曲)と、Jazzinuf - Coffee and Cigarettesが聴きたいのよねぇ」

と言われたとき

「おいおい、ポストダブステップなのか、ジャズなのか、ヒップホップなのか、もうジャンルめちゃくちゃやんけ

と返すのではなく、こう返すのです…

「…なるほど、まさみ、いや長澤まさみ、きみはBehind the Beatのフィーリングが好きなんだね。じゃあこんな曲はどう…?」


おわり。





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