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ドライブ(創作)

遅い午後の林道を走っていた。アスファルトの道路はだんだんと狭くなり、軽自動車でやっと通れる砂利道に変わる。

登り坂が多くなって、ずっとアクセルを踏み続ける。
やがて景色が開けて、工事現場のような砂利採り場のような、殺風景な場所に出た。

行き止まり?

しかしとにかく先を急がなくてはならない。

小山のような坂をアクセル全開で進む。
地面は緑色の上にうっすらと雪が乗っている。

と、目の前が消え、はっと息を呑んだ時にすり鉢状の縁に乗り上げたと知る。
咄嗟の判断の隙もなく車は勢いのまま、すり鉢の底へ向かって滑降した。

すり鉢の底は無音で、ここがどこなのか、今がどういう状況なのかわからない。
しかしとにかく先へ進まなくては。
反対側の斜面を勢いをつけて登る。

とりあえずまたすり鉢の上辺の縁に引っ掛かるように止まることはできたが…
この状態でにっちもさっちもいかない。
ああ、早く行かないと!
日が傾き、足元から冷えが忍び寄ってくる。

背後のはるか下方から声がした。
「どうかしましたかー!」
振り返ると、すり鉢状の壁の上辺から、事務員風の制服を着た女性がこちらに向かって叫んでいた。
「ここから出たいんですが、この通り動けません。助けてください」
女性は「わかりました。少しお待ちください」と言って、壁の向こうへ去った。

こんな不安定な縁に引っかかっているのも嫌なので、車をすり鉢の底へ戻した。
この壁をどうやって取り除くんだろう。
ショベルカーでも連れてくるんだろうか?
それとも、ヘリコプターが来て吊り上げる?大がかりだなぁ。

しかしもうすぐ日が暮れる。見たところ照明もないようだ。
待てよ、あの女性ははたしてそのつもりなんだろうか。もしかして気が変わってそのまま帰ってしまったり、それとも何かが起きてその場でばったり倒れてしまっていたら?
私はここでずっと立ち往生していなくてはならないのか?
絶望的になりながらすり鉢の上を見上げると、今その縁に日が沈もうとしていた。


とっぷりと日が暮れ、冷気はますます強くなる。
車のエンジンをかけているので暖はとれるが、ガソリンがいつまで続くだろうか。この先だって急がなければならないというのに。
「お腹すいた」
バッグからプロテインバーを一つ取り出して、水と一緒に食べながら、これからどこへ行くんだっけ?と落ち着いてみた。
「それにしても何でこんなに急いでいるの?
でも、とにかく前へ進まなきゃ」
それしか浮かばない。
それだけ考えながら、眠りに落ちた。

夜が明けてきた。
ガソリンはメーターがあと少しになっている。
もし誰か来てくれるのなら、燃料を分けてもらう交渉をしよう。

寝ぼけ眼で外を見ると、薄暗がりの中に電灯らしき光が揺れている。
来てくれたんだ!
ほっとしながら思わず車から降り、手を振った。

「おい、出たぞ、今だ!」
野太い声がして、今出てきた車がひょいと上に上がってすり鉢から外へ出された。状況がよくわからない。
「大人1人か、しけてるなぁ」
舌打ちする声。
「ま、ゼロよりいいんじゃない」
と、にやけた声も聞こえる。

「こいつら、車に入るとひたすら前進したがるんだよ。
それを利用してこんな罠を仕掛けたのさ。
人間と似た種で俺たちの同類がいるんだが、そいつさえ手に入れれば
警戒させないで捕獲できるんだよ」

・・・人間と似た種?捕獲?

「へ―い、お待ちどお。オリーブオイル」
パキっと音がしたと思うと、とろとろと頭から滴り落ちる。
「服、とったほうがうまくない?」
「いいよ、着たままでもお焦げが香ばしくていいもんさ」

オイルでかすんだ目を空に向けてみると、いくつもの黒くて丸いものが見える。それはぬらぬら光って、ギロギロ動いている。動くとその周りに白いゼリー状が現れる。
まばらに毛の生えた枠の中で、しきりとぱちくりしている。

なんか、まずい。
なんか、やばい。
オイルに足を滑らせながら、すり鉢の中を右往左往する。

「活がいいねぇ!」

えっ、えっ、もしかして、食べられるの?
なにそれ、なにそれ、助けて、「私も同じ人間だよ、わからないの?」

パラパラと目に刺さるものが降って来て、目が開けられなくなった。

「それ、フランスの塩だって。ピンクのやつ」
そんな声とともに、カチッと音が聞こえ、ガスの臭いが鼻を衝いた。




おしまい


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