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七夕のお願い(創作)

今日も聞こえてくる、ぐずぐずな泣き声。
「まーこが来た」
しょうこはかばんを自分のロッカーに押し込むと急いで玄関に駈けていく。

朝の慌ただしい玄関の隅っこで、母親にぴったりくっついてまーこが泣いている。何か言い聞かせながら、母親はその背中をさすっている。
「ほら、しょうこちゃんが来たよ。一緒に行って」
母親はまーこの背を軽くぽんぽんと叩きしょうこに手渡すようにして、帰って行った。

「教室行こ!」
しょうこはくずくずしているまーこの腕に自分の腕を絡めて、ぐいぐいひっぱりながら「昨日のテレビ見た?ヒデキがさ・・・」
しょうこは少しおませで、アイドルの話が大好きだ。

今日は七夕飾りを作るのだ。ちこ先生が笹の葉っぱがたくさんついた竹を運び入れて、講堂に横たえた。
おせんべいか何かの四角い空き缶に、色とりどりの画用紙で作った短冊や、マジックペンがたくさん入っている。

朝の会がすむと、さあ、短冊を書きましょうとなり、しょうこは真っ先に行って、好きなピンク色の短冊と緑色のペンをとった。
まーこはと見ると、ロッカーの前でぼんやりしていた。
「まーこ!何色?」と聞きはしたが、返事はまず返って来ないとわかっているから、「オレンジ色ねー!」と勝手に持ってきて渡した。

しょうこはさっさと書き終わったが、まーこはまだ考えている。
「あたしもう終わったよ!早く書いて、葉っぱに付けようよ!」
せかしてもまーこは急がないと知っているが、しょうこは言わずにいられない。


「ねーねー、短冊なんて書いたの?」
しょうこはお昼寝の時にまーこに聞いてみた。
まーこがなかなか書かないのにしびれを切らして、さえちゃんと遊びだしたのだった。

「かないあんぜん」
まーこは暗記したように答えた。
「かないあんぜん?」
「昨日おとうさんが言ってた」
「おとうさんじゃなくて、まーこのは?」
「おとうさんのでいいの」
そう言うと、くるっと反対に向いて眠る態勢になった。
「いつも寝るのヤダって言ってるのに」
しょうこは、まーこのそんなふらふらしたところが好きなのだ。

布団の上に伸びながら、短冊に書いたお願いを頭の中で繰り返す。
〈まりちゃんじてんしゃがほしいです〉

まりちゃん自転車は、アイドルのあめちまりちゃんが笑っている自転車だ。ピンクで、ハンドルは白くて虹色のぴらぴらが付いている。
白いブーツを履いてあれに乗ったら、空を飛べるんじゃないかなぁ。

誕生日やクリスマスにお願いしても、お母さんもサンタさんもなかなか叶えてくれない。
お星さまなら、叶えてくれるかも。
だって、お父さんはお星さまになったって、前にお母さんが言ってたから。

帰りのバスの窓から見ると、まーこがりっちゃんと一緒に玄関から出てくるところだった。
このごろまーこはりっちゃんと帰ることが多いな。
ちょっと寂しい気がした。

それからしばらくして、りっちゃんの誕生日会に招かれた。
近所のまーこは一度行ったことがあり、今回も招かれたのだが、しょうこも一緒にと、りっちゃんにお願いしたらしい。

それを聞いてしょうこは少しうれしかった。
ふたりの仲間に入れてもらえるかな。
プレゼントは何を持って行こうかな。
しょうこは当日まで、落ち着かなかった。

その日が来て、しょうこはまーこと誘いあって、りっちゃんの家に行った。
「いらっしゃい。りつー、まーこちゃんたちが来たわよ」
りっちゃんのお母さんが綺麗な声で呼ぶ。

二人はりっちゃんの部屋に案内され、先に来ていたあと三人と一緒になった。あまり遊んだことがなかった子たちなので、少し緊張した。
それから、りっちゃんの家がとってもきれいで、なんかおしゃれで、通り抜けたリビングにはピアノがあって、いい匂いがして、きっとあめちまりちゃんもこんな家に住んでいるだろうなと思った。

誕生会はランチから始まった。
サンドイッチやサラダ、グラタン、何種類もの果物。
サンドイッチもグラタンも、お母さんのお手製なんだそうだ。
デザートは、アイスクリームのバースデーケーキ。

しょうこは夢のようで、隣のまーこに視線を送ったが、まーこはぼんやりした顔でケーキを食べていた。

お母さんの明るい声や笑顔が満タンの誕生日会だったが、主役のりっちゃんはあまりしゃべらなかった。遊んでいる時もまーことしょうこにはあまり話しかけなかった。
しょうこは、どうして自分たちは誘われたのだろうかと不思議だった。

プレゼントを渡した後は、みんなで外に出て遊んだ。ガレージに続いて、裏庭はお母さんの菜園と、ベンチのある広い芝生になっていた。

しょうことまーこは、保育園で今夢中になっている石のおはじきをした。やっといつもの感じになってホッとしていると、ガレージから、りっちゃんが一輪車でバランスをとりながら現れ、ほかの三人が歓声を上げながら取り巻いていた。
「誕生日プレゼントなんだ」
りっちゃんは誇らしげにゆらゆらと漕いで行った。

初めて見る一輪車にまーこがポカンとしていると、しょうこが「あっ」っと言ってガレージに走った。
「これ、まりちゃん自転車!」
お星さまにお願いしたまりちゃん自転車が、ガレージの隅に置かれていた。
「いいなあ、かわいいなあ」
前のカゴには、あめちまりちゃんが微笑んでいる。白いハンドルには虹色のぴらぴら。ベルもついてる。ピンクの車体はかわいいカーブを描いている。
しょうこはたまらず、自転車の周りを回った。

「ねえ、それあげようか?」
戻って来たりっちゃんが真面目な顔でこちらを眺めていた。
しょうこはあまりに驚いて言葉が出てこなかった。
「一輪車のほうがかっこいいんだもん。それは赤ちゃんぽいからもう乗ってないんだ」
そう言ってまた一輪車で走って行った。

しょうこは自転車を見た。にっこり微笑むまりちゃんが、なんだか可哀想になった。
まりちゃん自転車のほうがもちろんかっこいい。欲しい気持ちは変わらないけど。

七夕のお星さまは叶えてはくれなかった。
でも今はそれでよかったような気がする。
もう来年はお願いしなくてもいいや。

不思議に、さっぱりとした気持ちだった。
まーこと一緒に帰りながら
「七夕のお願い、叶った?」
しょうこは「かないあんぜん」ってなんだろうと思いながら聞いてみた。

まーこは振り向いて目を丸くしていたが
「忘れた。なんだっけ?」
「ほらぁ、かないあんぜん、だよ」
しょうこは笑い転げて、やっぱりまーこは面白くていいなあと思った。


おしまい



姉妹編はこちら。


続編あります。


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