8.
「お待たせしましたー。鯖味噌煮定食でございます」
店員さんが猫教授のところに膳を持ってくる。
「ありがとう」
猫教授は目を細めて笑った。
「あ、注文いいですか? 日替わり定食お願いします」
ついでに僕は店員さんに注文を言って、改めて猫教授に目をやる。
「猫には味が濃いんじゃないんですか?」
僕の言葉に猫教授は器用に箸を持ちながら
「詳しいのだな、名も知らぬ書店員よ」
と言う。
「僕のことはオオメダマとでも呼んでください。この場所ではそれが僕の名前なので」
僕が言うと猫教授は「そうか」と言って
「吾輩のことは適当に呼びたまえ」
と言ってから
「妖に変化してからというもの、食べられるものが増えたのだよ。今ではおおよそ人間と同じくらい多くのものを食すことができるぞ」
と得意げに笑った。
「例えばチョコレートなどだな。あれは良いものだ。娘が自分への褒美に食すのも頷ける」
どうやら猫教授は甘いものもお好きらしい。
「それでオオメダマくん、吾輩に聞きたいことがあるのだろう?」
いただきますと小さく言ってから器用に鯖味噌を箸で割り、それを口に運びながら猫教授が僕に言う。
「ええと、実は僕、今日が初めてのマヨナカでして」
「そういえばそんなことを言っていたね」
「だから、何かと勝手がわからなくて。……できれば、マヨナカのお客様にも話を聞きたいなと思っていたんです」
「成る程」
白米と漬物を同時に食べながら猫教授は頷く。
「お待たせしました。日替わり定食です」
お店の人が僕の前にも膳を持ってきた。
「冷めないうちに食べたまえ。食べながらでも語らうことはできる」
そう言って猫教授はお茶を飲む。僕は頷いて
「いただきます」
と小さく呟き、味噌汁を飲んだ。今日の日替わり定食は白米に鯖の唐揚げと味噌汁。小鉢には青菜のゴマ和えが入っている。
「ほう。魚の唐揚げというのもあるのか。今度はそれも食してみたいな」
猫教授が興味深そうに目を細める。
「吾輩は妖になってからまだ日が浅くてな」
そう言えばキツネ先輩がそれらしきことを言っていたな。猫教授は普段はどこぞの飼い猫で『猫又になった』のだと。
「こう見えて吾輩は今年で二十二歳になるのだが」
まさか同い年だったので、僕は思わずむせてしまった。
「大丈夫かね、君」
その言葉に僕は頷きながら理由を告げる。すると猫教授は
「ほう、君も二十二歳なのかね。うちの娘と大差ないかと思っていたが八つも年上だったとは。いやはや人間の年齢とはわかりにくいものだ。もっとも人間たちからすれば猫の年齢がわかりにくいかもしれないね」
と、よく回る口で言う。どうやら娘さん——おそらく飼い主さんか飼い主のお嬢さんなのだろう——は十四歳のようだ。つまり中学生か。
「とかく」
改まったように咳払いをして猫教授は僕を見た。
「吾輩は妖になってから一年も過ごしていない新米なのだ。それでもよければ君の質問に答えよう」
何を知りたい? と彼の深緑色の瞳がまっすぐに僕を見る。
思わず僕は生唾を飲み込んだ。
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