13.

 店内の空気がいっそう重くなった気がした。
 キツネ先輩はじっと坂井さんを見ているし、坂井さんもまた薄く笑いながらキツネ先輩を見ている。
「青年、これはどういう状況だね」
 猫教授が小声で僕に聞いてくる。
 僕は身をかがめて教授と目線を合わせながら
「僕が聞きたいです」
 と小声で答えた。
 キツネ先輩と坂井さんは無言でにらみ合いを続けている。
 重い沈黙は時間にして三十秒もなかったと思う。けれども体感的にはとても長い時間だったように思えた。
 沈黙を破ろうと坂井さんが口を開く。
「お前——」
「何かあったの?」
 坂井さんの声と思い切り重なるように、聞き慣れた声がした。
 その声に僕も含める全員が一様に声の主を見る。
 補充用のコミックを大量に抱えたコトリ先輩がそこにはいた。
「お客様、うちの店員が何か粗相でも?」
 コトリ先輩は坂井さんとキツネ先輩を見比べていう。
「いや、そういうわけじゃ……」
 坂井さんは拍子抜けした様子でコトリ先輩の質問に答えた。
「あの、コトリさん、その方は危ないので……」
 キツネ先輩が言うとコトリ先輩は彼女を見て
「え、そうなの? 警備の人呼ぶ?」
 と、あっけらかんとした様子で言う。
「いえ、実害が出たわけではないのですが」
「あ、そうなんだ。えーっと……キツネさんの知り合いなの?」
「いえ、そういうわけでもないです」
「ん? じゃあどうして危険な人ってわかったの?」
「それは……その……この方はそういう存在とお見受けしたので……?」
 キツネ先輩もはしどろもどろになりながら言う。
「えーっと、よくわからんけど、つまりこちらのお客様は妖怪の方で」
「はい」
「たぶん、印象の良くない妖怪で」
「はい」
「キツネさんは心配になってお客様に突っかかってしまったと」
「そういうことになりますね」
 コトリ先輩の言葉にキツネ先輩は頷く。コトリ先輩はしばらく考えてから坂井さんの方を見て
「お客様、この度はうちの店員がとんだご無礼を」
 と頭を下げたのだ。
「え、いや、いいよ。気にしてないよ。俺、他の店でも怖がられることあるし」
 坂井さんはそう言って手を振る。けれどもコトリ先輩は
「いえ、そのようなことをせず分け隔てなく接するのがマヨナカの基本精神ですので」
 と毅然とした態度で答えた。
「……あんたは、俺が怖くないの?」
 坂井さんはコトリ先輩に尋ねる。
「あいにくと、私の目から見ればお客様は他のお客様と大差ないように見えますので」
 コトリ先輩は態度を崩さない。
「……もし俺がここで暴れ始めたら?」
「警備の人を呼びますね」
「あー、そっか。そうなるのか……」
 坂井さんはそう言って小さく笑い、キツネ先輩を見た。
「いい同僚を持ったな」
「ええ、自慢の先輩です」
 そう言ってキツネ先輩もまた頭を下げ
「先ほどは失礼いたしました。お客様を”見た目”で判断してしまったこと、深くお詫び申し上げます」
 と、いつも通りの淡々とした声で言う。
「うん、いいよ。俺も急に殺気とか出してごめんね。じゃあ、店内見ても大丈夫?」
 坂井さんの言葉にキツネ先輩は頷いて
「何事もなければ」
 と答える。
「何もしないよぉ。何かやったら警備員を呼ばれるんでしょ? 俺、騒がしいの嫌いだもの」
 坂井さんのその言葉にキツネ先輩は
「それもそうですね」
 と答えた。顔はよく見えなかったけれど、もしかしたら笑っていたのかもしれない。

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