7.

「ただ混み合っております。相席でしたらすぐにご案内できますが——」
 店員さんの言葉に僕は
「相席で大丈夫です」
 と答える。店員さんは頷いて
「ではお席にご案内いたします」
 と僕を店内へ案内する。確かに店内はかなり混んでいた。
「お客様、マヨナカは初めてでいらっしゃいますか?」
 店員さんが唐突に言う。僕は驚きながらも頷いた。
「お食事の際は顔を晒しても問題ありませんので」
 そうなのかと驚きつつ、僕は同時に納得もした。僕の顔を覆い隠している布は額で固定しているだけなので、多少邪魔にはなるが外さなくても飲食が可能だ。
 けれども——たとえばコトリ先輩みたいに顔全体を覆い隠す面をつけていた場合、外さなければ飲食ができない。
 どうやら『人間は顔を隠す』というルールは、僕が思っている以上にゆるいもののようだ。
「こちらのお席へどうぞ」
 店員さんの言葉で僕は我に返る。案内されたのは店内最奥にある二人がけのテーブル席だった。すでに向かい側に先客が座っている。……ついでにいうと、この先客には見覚えがある。
「おしぼりとお冷やをお持ちいたします」
 そう言って店員さんは一礼をして下がった。
 僕は被っていた菅笠ごと顔を覆い隠していた布を外してメニューを広げる。とは言え、僕が頼むのは常に『日替わりセット』と決まっているので本当のことを言えばメニューを広げる必要はない。僕はメニューに隠れながら向かいの席に座っている姿を観察する。

「言いたいことがあるのなら言葉にしたまえ。名も知らぬ書店員よ」

 向かいの客は読んでいた本から顔も上げずに言う。この大きめで茶トラの猫には見覚えがある。ちょっと前に当店で小難しい本を買って帰った通称『猫教授』だ。
「ああ、すみません。本当にその本を読まれるんだなあ、と思ったもので」
 僕が言うと猫教授は「ふむ」と言いながら本を閉じ
「確かに奇怪に思えるかもしれないね。なにせ吾輩はこのナリだ」
 と答えてじっと僕を見た。
「これも何かの縁だ。名も知らぬ書店員よ、吾輩と語らいでもするかね?」
 深緑色の瞳を細めて猫教授は笑った。

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