12.
「ただいま戻りました」
僕が言うとコトリ先輩が
「おかえりー」
と朗らかに返してくる。
タイムカードを切ってエプロンを身につけ、なんとなく僕は気合を入れ直してレジへと向かった。
別に何が変わるわけでもない。僕はただ、ここで普段通り本を販売するだけだ。
「交代します」
僕が声をかけるとレジのキツネ先輩は
「お願いします」
と相変わらず淡々とした口調で言う。
僕は頷いてレジに入った。
そこからのレジは少し暇だった。
サービスカウンターでキツネ先輩が注文書を書いている音がよく聞こえるくらいには暇だった。
やることがないので、僕はカバー作成を再開する。
「暇そうだね、少年」
声をかけられたのは、カバーを折り始めて体感で十分ほど経過したときのことだった。
「あ、教授」
カウンターの前にちょこんと立っていたのは猫教授だ。
後ろに坂井さんの姿も見える。
「いらっしゃいませ。どうしたんですか?」
僕が尋ねると猫教授は
「いや、君が帰ったあのあとも坂井さんとしばらく話していたんだがね。なんと! 坂井さんは生まれてこのかた書店に来たことがないというのだよ!」
と叫ぶ。
「再三の確認になるが本当に——本当に無いのだね!?」
猫教授の言葉に坂井さんは
「無いよー」
とやっぱり子供みたいな人懐っこい笑顔で答えた。
「だって俺、体動かす方が好きだったし、書物とか巻物とか食ってもまずいからあんまり好きじゃなかったし」
「本は食べるものでは無い! いや、知識を蓄えると言う意味ではある種食べるものなのかもしれんが、物理的に食べるものでは断じてないぞ!」
猫教授の力説に坂井さんは
「うん、そうだねえ。俺もこういう仕事しているし……そろそろやったことのないこともやってみるべきだよね」
と答える。さっき話したときにも思ったけれど、坂井さんはどことなくつかみどころのない人だ。悪い人ではなさそうだけれど。
「あの、オオメダマくん」
そんなやりとりをしていたら不意にサービスカウンター側にいたキツネ先輩に声をかけられた。
「あ、先輩。すみません、実は先ほど定食屋さんで一緒になって少し話をしたので、その延長で——」
私語を出したことに関して僕があれこれ言おうとしたのを遮ってキツネ先輩は
「『何』を連れ込んだんですか」
と険しい声で言う。
その瞬間、空気が重く淀んだ気がした。
「へ?」
僕はそう言って猫教授の方を見る。
猫教授は自分の背後を見る。
僕らの目線は坂井さんに集中していた。
「そうか。お前は——『見えるからここにいる』タイプの人間か。俺たちの存在をもともと認識しているが故に齟齬がないからとここに呼ばれた類の人間か。……俺が『何』か、わかるんだな?」
坂井さんは、聞いたことのない冷たい声で言う。
その声にキツネ先輩は頷き
「なんで——人を食らうような存在が、この場所にいるんですか」
と呟いた。
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