11.

「マヨナカに入ることができる存在って、どうやって選ぶんですか?」
 僕が尋ねると坂井さんは
「やり方はいろいろあるよ。ほとんど呪術的なものだけど」
 と答えた。
「例えばそうだなあ」
 そう言って坂井さんはズボンのポケットから紙切れを取り出した。新聞記事の切り抜きのように見えるそれには『困りごとがある方は神矢堂へ』と、何かの相談所のような場所の住所と電話番号が書かれている。
「これ、なんて書いてある?」
 坂井さんの言葉に僕は首を傾げながら
「え、『困りごとがある方は神矢堂へ』って書いてますけど」
 と答える。僕の隣で猫教授も頷いた。
「実はここって妖怪関連専門の相談所なんだ。つまり、そういうものの存在を認識している人にしか門を開いていない」
 坂井さんはそう言って今度は虫眼鏡のようなものを取り出す。
「だから、そういうものを認識していない人にはこう見えている」
 新聞記事の上に虫眼鏡のようなレンズが載せられる。レンズ越しに見える記事は『胃もたれにはモタレナインα』というよくある胃腸薬の広告に変わっていた。
「——とまあ、陰陽庁とか俺みたいな仕事をしているとこにはこういう技術がたくさんあってね。こういうことの応用で見分けているのさ。……ま、中には手違いでマヨナカにやってくるやつもいるけれど、そういうときのためにいるのが裏警の連中だし」
 僕と猫教授が驚いて硬直している間に、坂井さんはそう言いながら虫眼鏡と新聞記事を片付ける。
「うらけい——というのは、あちらこちらで見かける妖の警察官のことかね?」
 先に硬直から復活した猫教授が坂井さんに尋ねる。
「うん、そうだよ。裏の警察——略して裏警ね。正しくは陰陽課とかだったかな。妖怪絡みの事件とか専門の集団だよ。構成員は妖怪と人間が半分ずつくらい」
「人間もいるんだ」
 思わず僕の口からそんな声が漏れた。言ってすぐに口をおさえたけれども、一度こぼしてしまった言葉は覆すことができない。今のは明らかに失言だった。
「まあ、そう思うのも無理ないよね」
 坂井さんは存外にあっけらかんとしていた。
「正直さ、俺も最初は無理だと思ったもん。妖と人間の融和なんて」
 そう言って坂井さんは笑いながら
「でも意外とできちゃったんだよね。……うん、プロジェクトに初期から関わっている俺だって意外と思っちゃうんだ。今日マヨナカにきたばかりの君が、いろいろなことに驚いたり戸惑うのは、とても自然なことなんだよ」
 と立ち上がる。
 僕はふと砂時計を見る。砂はかなり減っていた。
「休憩時間、終わっちゃうね」
 坂井さんの言葉に僕は慌てて立ち上がり、伝票を手に取る。
「また、話をしようよ。俺、マヨナカにはだいたいいるからさ。キミらみたいな人がいい。キミらみたいな先入観のない連中が、きっとこの輪を大きくするんだ」
 そう言って、坂井さんは人懐っこい顔で笑う。そのときに見えた犬歯は鋭くて、そういえばこの人は妖怪だったっけと思いながら僕は挨拶をしてレジへと向かった。

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