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『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑤

⑤ 「ゾンビ便所」


○  学校・全景

    あたりはすっかり暗くなり人の気配はない。

    時計台の針は夜の9時を回ろうとしている。

○  クラブハウスの裏

    やっと子どもが通れるほどの隙間。

    懐中電灯を持ってくぐり抜けてくる佐伯。

    同じく懐中電灯を手にしたクッパ、ハカイシが続く。

    敷地に入ったところで足を溝に突っ込むクッパ。

    響きわたる調子っぱずれな悲鳴。

    爆笑するハカイシが木の根に足をひっかけ転ぶ。

 佐伯哲男 「お前ら、こんなとこで生徒会室の二の舞するなよ」
    と二人を懐中電灯で照らし、にらみつける。

 クッパ  「当たり前じゃん。ザッカヤと違うんだ」
    と、溝から足をひきだす。

 ハカイシ 「一日に二度も糞をしねえよ」
    と、起き上がって尻を払う。

○  喫茶店・表

    通学路沿いにある店の明かりがぽつんと輝く。

○  同・店の中

    額に絆創膏をした金森が疲れたように椅子へもたれかかる。

    向かいの席で何ごとか考え込む叡子。

    テーブルにはコーヒーと食べ残したサンドイッチ。

 金森淳  「そろそろ帰らないと叱られるんじゃないのか」

 長瀬叡子 「平気よ。塾で遅くなったっていえば」

 金森淳  「もう全部話した」

 長瀬叡子 「……私と同じだわ。ジュンとつきあうようになったの、1年
       の秋に襲われてからだもん」

 金森淳  「なんだ、その言い方」

 長瀬叡子 「ソフトボール部の球拾いで裏山へ行ったとき、後ろから羽交
       い絞めにされた」

 金森淳  「人聞きが悪いな。見つけてやったボールを渡そうと驚かした
       だけじゃん」

 長瀬叡子 「つまり、ジュンが思ってることと他人のそれは正反対だって
       こと」

 金森淳  「そんなふうにまとめるなよ。そのまえ体育祭の準備で初めて
       声をかけたとき、テントのポールを突きつけてきたのはA子
       だぜ」

 長瀬叡子 「私の場合はいいのよ。でも書記長は暴行されたと思ってて、
       その証拠写真があるんでしょ」

 金森淳  「だから証拠じゃないんだって。彼女を助けに入っただけかも
       しれない」

 長瀬叡子 「どうしてそんな重要なこと覚えてないの」

 金森淳  「ああ」
    とうなったきり、黙ってしまう。

 長瀬叡子 「ひょっとして、最近の事件とも関係あるの」

 金森淳  「それはない! と言っても、信じてもらえないのかな」

○  学校の中庭

    恐る恐る歩いてくる佐伯、クッパ、ハカイシの3人。

 クッパ  「夜中の学校というのは薄気味悪いよなあ」
    と、周囲を見まわす。

 ハカイシ 「妙にひっそりしてやがる」
    と、懐中電灯で校舎を照らしだす。

 佐伯哲男 「だれもいないんだから当たり前だろ」
    と言ったとたん、柵につまずいてこけ、姿が消える。

 クッパ・ハカイシ「ど、どうした?」

    すぐに植え込みの中から起き上がる佐伯。

    興奮して柵を蹴っ飛ばす。

 ハカイシ 「テツボーもこけやがった」

 クッパ  「人のこと言えねえよな」

 佐伯哲男 「これで少しは元気が出たろ」

    3人とも怖さが薄れ、気を取り直したようだ。

 ハカイシ 「ザッカヤ、本当にまだいんのかな。もう帰っちゃったんじゃ
       ないのか」

 クッパ  「家に電話したらまだ帰ってないらしいから間違いない。怖く
       なってお前が帰りたくなったんだろ」

 ハカイシ 「何言ってやがる。俺んちは寺だからこんなの慣れてる」

 佐伯哲男 「糞なんか垂れるからいけねえのさ。臭い証拠を残すはめにな
       っちまった」

 クッパ  「俺たちもやったわけだし、大きさでいったらテツボーが一番
       だったんだ」

 佐伯哲男 「最初にやったのはあいつで、二番目がお前クッパ、三番目が
       ハカイシ。俺は最後につられてやっただけだ」

 クッパ  「何も便所に閉じ込めなくてもよかったのに」

 佐伯哲男 「お前たちも賛成したじゃないか」

 ハカイシ 「だから、助けにいってやろうぜ」
    と、池に小便をしながら言う。

 クッパ  「そのまえに俺もしておこう」
    と、並んで放尿をはじめる。

    二人が身を震わせたとき、疾風が吹きつける。

    と、佐伯の姿が見えなくなっている。

 ハカイシ 「テツボーのやつ、姿が見えないぞ」

 クッパ  「そこらへんで、こっそりちびってんじゃないの」

 ハカイシ 「帰っちゃったんじゃないのか。俺たちも帰ろう」

 クッパ  「何言ってるんだ」
    と、ハカイシに頭突きを食らわす。

 ハカイシ 「テメー、何しやがる」
    と、互いに頭突きの応酬をしあう。

    すると暗闇のなかから突然、佐伯の恐ろしい形相。

 クッパ  「ギャッ!」

 ハカイシ 「出たあ!」

    腰を抜かして、尻もちをつく二人。

    げらげら笑う佐伯。

    顔の下で、懐中電灯を点けたり消したりしている。

 クッパ  「テツボーめ」

 ハカイシ 「ふざけんじゃねえ」

 クッパ  「気色悪いツラしやがって」

 ハカイシ 「醜男のヤローが」

 佐伯哲男 「用は便所でたせ。さっさと行くぞ」

○  神社前

    少しばかりびっこをひく金森と叡子が歩いてくる。

    一陣の突風が吹きつけ、神社の木立ちが揺れる。

    我知らず身を寄せる二人。

 金森淳  「震えてるのか」

 長瀬叡子 「だいじょうぶ。ジュンこそ歩いて帰れるの?」

 金森淳  「へいちゃらさ」

    と言いつつも、妙な悪寒を覚える。

    背後の木立ちと夜空を眺める。

○  学校の裏庭

    懐中電灯を持つどの手も震え気味。

    光の先にぼんやり浮かぶ木造便所。

 クッパ  「つ、着いたぞ」

 ハカイシ 「あ、あれだよ」

 佐伯哲男 「わかってるさ」

    3人ともそこで足が止まっている。

○  夜空

    月を覆っていく厚い雲の流れ。

○  木造便所

    入口近くに立つ3人。

    佐伯が最初に入っていくものと思い、その出方をじっと待つクッパ
    とハカイシ。

 佐伯哲男 「なんだ、お前ら。意気地がねえなあ」
    と慎重に近寄り、片腕を突っ込み、電気のスイッチをまさぐる。

 佐伯哲男 「あれ、おかしいなあ」

 クッパ  「早く点けろよ」

 ハカイシ 「切れてんだろ」

 佐伯哲男 「今日の放課後は点いてたのに」

 クッパ  「ダメみたいだな」

 ハカイシ 「だから切れてるのさ」

 佐伯哲男 「うるさいぞ、お前ら。そこでああだこうだ言ってないでこっ
       ちへきて確かめろ」

    クッパとハカイシはこわごわやってきて、寄り添って声をかける。

 ハカイシ 「ザッカヤ、俺たちだ!」

 クッパ  「ザッカヤ、そこにいるのかい?」

 ハカイシ 「いるんだったら返事しろ」

 クッパ  「みんなで迎えにきたよ」

 ハカイシ 「助けてほしくないのか」

 クッパ  「今日はごめんな。あやまるから許してくれ」

    二人の声が空しく響くばかり。

 ハカイシ 「いないみたいだな」

 クッパ  「行き違いだったかも」

 佐伯哲男 「ドアを開けてみなきゃわからないじゃないか」
    と怒鳴り、懐中電灯をいちばん奥のドアに向ける。

    釘を打ちつけられて閉まったままだ。

 クッパ  「もしかしたら、糞まみれになって倒れてるかもしれない」

 ハカイシ 「ウンチの祟りか」

 佐伯哲男 「いいからドアに光を当てていてくれ」

    怖さと臭さで顔をひきつらせながら入っていく3人。

    ピチピチと水の落ちる音がし、壁がきしむ。

    ドアの釘を引き抜こうと佐伯が手をかける。

    と、不意に流れる水の音。

    驚いて、手をひっこめる佐伯。

    立ちすくむクッパとハカイシ。

    中から、泣くような声。

    完全に固まる3人。

    ドアがきしみ、ゆっくり開く。

    フッと、ただれた顔のゾンビが現れる。

    その口から吐き出されるよだれのしぶき。

 クッパ  「ギャッ!」

 佐伯哲男 「まさか!」

 ハカイシ 「出たあ!」

    唾液を垂らし、ゾンビが全貌を見せる。

    あたふたと逃げだす3人。

    うめき声を上げ、ゾンビが追ってくる。

    全速力で走っていく3人。

○  丘陵の坂道

    ケヤキの木のかたわら、金森が町全体を見渡す場所に立つ。

    バイパスの光の帯が瞬き、学校上空にわく黒い雲。

    月明かりも星の瞬きも陰っていく。

    幹にもたれかかり、目頭を押さえる金森。

○  学校の中庭

    噴水の石段に腰かけ、ぐったり息をつく佐伯、クッパ、ハカイシ。

    その横でほほえむザッカヤ。

    膝の上にはゾンビの覆面と水鉄砲。

 クッパ  「ほんと、腰抜かしたよな」

 ハカイシ 「この世の終わりかと」

 佐伯哲男 「だらしねえやつらだ」

 クッパ  「テツボーが、いちばん逃げ足早かったくせに」

 佐伯哲男 「先に逃げだしたのはお前なんだぞ」

 ハカイシ 「でも、どうやってあの木造便所から抜け出したんだ」

 ザッカヤ 「最初どんなに叩いても開かなかったけど、釘がゆるんだんだ
       ろうね。ドアのほうが自然に開いてくれたんだ」

 佐伯哲男 「変だな」

 ハカイシ 「テツボーの言ったとおり、もっと頑丈に釘を打ちつけておく
       んだった」

 クッパ  「心配して損した。こっちは救出隊まで組んで出かけたのに、
       ゾンビもどきに襲撃されるんだから割に合わないや」

 佐伯哲男 「お前も共犯じゃないか」

 ザッカヤ 「クッパが泣いてあやまったときは、笑いをこらえるのに苦労
       したんだ」

 クッパ  「泣いてなんかいなかったぞ」

 ザッカヤ 「ウソつけ」

 ハカイシ 「泣きべそかいてたじゃん」

 ザッカヤ 「ほらみろ」

 クッパ  「泣いたフリしてただけさ」

 ザッカヤ 「これだよ」

 ハカイシ 「それにしてもまんまとハメられた。まさか、ゾンビの恰好で
       待ってるとは」
    と覆面を手にとり、自分の頭にかぶせる。

 佐伯哲男 「おい、あれ見ろよ」
    と、校舎の一角を指さす。

    ほの暗い北校舎の一階で火の玉のようなもの。

    と、窓の隙間から赤い焔と黒い煙が闇のなかへ立ちのぼる。

    立ち上がって息を呑む4人。

 ハカイシ 「ま、まだゾンビがいるの?」
    と、覆面をかぶったまま。

 クッパ  「火事だよ!」

 ザッカヤ 「実験室のほうだ」

 佐伯哲男 「行ってみるか」

 ザッカヤ 「119番しなきゃ」

 クッパ  「逃げたほうがいいんじゃないか」

 ハカイシ 「今度はだれなのさ」

 佐伯哲男 「行ってみよう」
    と、好奇心にかられ駆けていく。

    それを見て、つられるようにみんなで駆けていく。

○  イメージ

    鳥の見た目のように学校上空を旋回する風景。

    猛然と急降下し、青白い閃光に包まれる。

○  丘陵の坂道

    カーブを猛スピードで下ってくる乗用車。

    そのライトに目を眩まされる金森。

    危うくひかれそうになり、草むらに倒れる。



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