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シャカシャカポテトとある昼下がり

(※本当にオチもクソもないしょうもない話です)


わたしはよくシャカシャカポテトを買っては後悔する。
シャカシャカポテトの粉のフレーバーは、いつも"ちょっと気になる"絶妙なラインを攻めてくる。


ある昼下がり、ふわとろ月見バーガーとポテトのセットにしようとマックに入店すると、視界にシャカシャカポテトの広告がはいってきた。今回のフレーバーは海老の天ぷら味だという。海老好きのわたしは、気づけばシャカシャカポテトを+30円払って注文していた。

普通の塩味ポテトも捨てがたいため、いつも3分の1程度食べてから、粉を入れてシャカシャカするのだが、今回はずっと恋しかったポテトを久々に食べたこともあって、ついつい半分ほどノーマルポテトを味わってしまった。

激激濃い味のシャカシャカポテトを食べるか、粉だけ持ち帰って全部ノーマルで味わうか、それとももういっその事Sサイズのポテトを別で注文してしまうか…………

今思えばポテトが半分なら粉も半分入れればいい話である。しかし食べ物を前にしたわたしは冷静さなど全て失ってしまうので、せっかく30円払って買ったしな、という思いで専用の袋に少量のポテトと大量の粉を全てぶち込んだ。

大量の唐辛子がまぶされているかのように真っ赤に染まったフライドポテト(海老の天ぷら味)。
食べると、それはポテトでもなく海老天でもなかった。あまりにも味が濃すぎて全てを超越していた。わたしはその時、ポテトに対するどうしようもない罪の意識に駆られ、心の底から悲しくなった。

ポテトとして生まれ、ポテトフライとして役割を与えられたのであれば、彼らはできることならポテトフライとしての人生を全うしたかったはずだ。
なのにシャカシャカポテトなどという、もはやポテトである意味はどこにもなくなってしまう魔法の粉をまぶされ、ただでさえ不本意かもしれないのに、わたしはそれを味が濃くてキツいな、などと嫌な気持ちになりながら食べたのである。まさに食に対する、いや、マックのポテトフライに対する冒涜だ。

袋の中の真っ赤に染まったポテトを真剣に覗き、3分の1泣き(半泣き的ニュアンス)になりながらそんなことを考える。ふと窓の外に目をやると雨が降っており、隣の席に目をやるとカップルがイチャイチャしていた。わたしはどうして他人にとっては些細であろうことをグルグルと考えてしまうのだろう。


思い返せば最近は、本当にとことんついていない。
外出しようと思った矢先に電車が止まったり、ほぼ無風の雨の中でさしていた傘が何故か畳む際に大破、立ち寄ろうとしたドトールがその日に限って早めに閉店していたり、向かったタピオカ屋は休業中。いつもガラガラの特急列車に乗ろうと思ったらその日は満席、フードコートで買いたかったお店のレジが一時的に不具合を起こしており何も買えず、おにぎりを買おうと思って入ったコンビニのおにぎりは完売、買おうと思ったピザまんを横のレジのおじさんにコンマ1秒早く注文され完売(信じ難いことにたった2日間の出来事である)…………


ついてない日々で気持ちが落ち込んでいるのもあってか、わたしはポテトすら救えない無力な人間なのか………………………と酷くうなだれてしまった。


"シャカシャカポテトを食べたくてマックに行っている"のではなく、"ポテトを食べたくてマックに行っているがつい口が滑ってシャカシャカポテトにしてしまった"立場からすると、仕方がないこととはいえ、粉をかけることでポテトがポテトでなくなってしまうのは悲しいし悔しいよね、というお話。
30円で後悔を買ってしまった昼下がり。何かいいことがありますように。


もう絶対シャカシャカポテトは頼まねえからな!(5億回目)


あっ、CD出しました。マックのポテトもいいですが、こちらもぜひよろしくお願い致します。
https://t.co/JVvJmirvT7

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