エンジェル・ワーム【2000字のホラー】
英子は専業主婦である。
夫は単身赴任中で、小学1年生の息子と2人でマンションに住んでいる。
ある日のことである。
息子がシールのような物を見せてきた。
「先生から渡された」
担任の坂本は、長身・短髪・日焼けしたスポーツマン系のイケメンだ。
「何かわかる?」
首を傾けながら、息子が聞いてきた。どうやら初めて見るものらしい。
しかし、英子には見覚えのあるものだった。
「ああ、ギョウ虫検査ね」
お腹に虫がいないか検査する簡易検査だ。
キューピーのイラストと共に使い方が書かれている。
子供でも分かりやすい説明だ。
それにしても、カメラ目線で検査をしているキューピーはシュールである。
子供の頃は何も疑問に思わなかったが、大人になると笑えてしまう。
「朝、トイレ行きたくなったら教えてね」
検査内容を簡単に息子に伝え、英子は夕飯の支度を始めた。
ギョウ虫検査とは懐かしい。
英子が子供の頃でさえ、検査にひっかかる人はいなかった。
令和の時代にお腹に虫を飼っている人なんているのだろうか。
その晩、英子は何気なく友人にLINEで話題を振ってみた。
同世代の友人である。
「懐かしい」という反応や、検査の気恥ずかしさが共感できると思っていた。
しかし、反応は期待するものとは違った。
「もうギョウ虫検査は廃止されてると思うけど」
スマフォを打つ指が止まった。
どういうことだろう、と数秒考えてから、背筋が凍りつくのを感じた。
すぐにブラウザアプリを立ち上げ、検索ワードを打ち込んでいく。
ギョウ虫検査は2015年に廃止されました。
友人の言葉は間違っていなかった。
しかし、どうして廃止された検査を息子の小学校は行っているのだろう。
もしかすると、自分のクラスだけかもしれない。
英子の頭の中に嫌な想像がグルグル渦巻いた。
担任の坂本の笑顔が脳裏に浮かぶ。
彼が犯人だったとしたら、生徒から集めた検査シールをどうするつもりなのか。
想像もつかないし、想像もしたくない。
その晩、英子は一睡もできなかった。
翌日、英子は息子のギョウ虫検査をせず、学校へ送り届けた。
朝食の片付けが終わった段階で、保護者同士のLINEグループへメッセージを送った。
「息子のギョウ虫検査を忘れてしまったのですが、提出期限ってありました?」
同じ疑問を抱いた人が反応することを賭けたのだ。
しかし、反応は予想と違った。
検査キットを渡されたのはクラスの3分の1だったのだ。
なぜだろうか。
貰った人たちの共通点を英子は考えた。
クラスメイトの詳細な情報を知らなくても取っ掛かりがあるはずだ。
犯人が1番恐れているのは、保護者に疑問を抱かれることだ。
家の中をグルグル歩き回っていると、1つのシンプルな答えが見えてきた。
「全員1人っ子の家だ」
「そうか、兄妹がいるとバレてしまうから…」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?