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映画「226」と史実との違い ~官邸襲撃編~ 前編

 1989年に上映された映画「226」は、配役とその演技は素晴らしいが、一方で二・二六事件に関する前知識のない人々にとっては説明不足という一面がある。

 無粋は承知だが、本稿は史実との違いを理解してもらい、説明不足な部分を補うべく記述し、またなぜそのような描写にしたのか、演出意図を考察した。よければ、映画と比べながら読んでいただきたい。

映画での描写 ~官邸突入~

 栗原安秀(演:佐野史郎)中尉率いる歩兵第1連隊機関銃隊を基幹とする蹶起部隊(以下栗原隊)は首相官邸正門を破り、警護の警官に機関銃を掃射して数人を倒した。栗原隊は官邸の玄関にとりつき、横の窓を突破して屋内へ侵入した。

 官邸と公邸は渡り廊下で繋がっており、栗原隊は廊下の入り口に展開し、栗原は電灯のスイッチを入れるが、公邸のほうでそのスイッチを切った。暗くなったところで公邸を警護する警官が渡り廊下の先から銃撃してくる。栗原隊は機関銃で反撃し、警官は銃弾を受けて死亡した。

 公邸に突入した栗原隊は、中庭の縁側のガラス障子を割ると、逃げる警官に機関銃を掃射し、更に一人を殺害する。廊下を進む林八郎少尉(演:石橋保)に背後から警官が飛びつくが、兵士に押し返され、更に一人が林に飛び掛かるも、またも兵士に抑え込まれた。

 以上が、官邸襲撃の前半部分である。この後、場面は大蔵大臣・高橋是清邸襲撃に移り、その後、再び首相官邸へと戻る。
 この段階で、史実と違う点は多々ある。

1、栗原は官邸から侵入してはいない。

 劇中、栗原は官邸玄関脇の窓を破って屋内に侵入しているが、実際にはこの窓も破ることが出来なかった。業を煮やした栗原は、敷地内を迂回して、公邸玄関に面した裏門側に移動したのである。

 映画では官邸正門側の突入しか描かれていないが、栗原隊は正門から突入した栗原の本隊と、裏門から突入した林の別動隊が存在している。栗原はこの別動隊に合流して、公邸側から屋内に侵入したのである。

 そもそも、官邸と公邸を繋ぐ渡り廊下は、緊急時には鉄のシャッターで閉じられ、官邸から公邸へ入ることは出来なかった。当然ながら、渡り廊下で銃撃戦も起きていない。

 これは演出の都合である同時に、突入した兵士の証言に基づいた描写であると思われる。

 倉友音吉上等兵の回顧では、栗原、林たちと共に官邸正面から突入したように描写されている。しかし林が別動隊として裏門から突入したのは本人の証言でも明らかで、また栗原自身も公邸玄関側に移動していることを証言している。林に従って裏門から突入した森田耕太郎二等兵も、公邸内へ倉友が先頭に立って突入したことを証言している。倉友上等兵は栗原に従って動いていたため、屋内に突入したとき、倉友は栗原・林と共にあったのだ。倉友の記述はこの点から来る彼の記憶違いであろう。

 加えて、映像的にも、当時の人々がニュースなどで見慣れた首相官邸(現在の首相公邸)に軍隊が突入するシーンのほうがインパクトがある。官邸玄関が突破できずに公邸側に回り込むというのをそのまま描写しては、緊迫感を持続させることが難しく、映像映えはしない。だから突入シーンは官邸側に集約されたのであろう。

2、警官たちの死亡描写

 劇中において、死亡したと思われる描写がなされた警官は4名である。正門での機関銃掃射で2名、公邸での銃撃で2名が死亡している。林を襲った2名の警官は、兵士に抑え込まれた描写はあるが、明確に死亡した描写は描かれていない。実際の死者の数は4名であるため、数としては間違っていない。しかし死亡場所は大きく違った。

 史実においては、まず正門で死者は出ていなかった。正門詰所の警官は拘束され、官邸の警官にも死者は出ていない。警官の死者4名は裏門と公邸に集中していた。

 最初に撃たれたのは小舘喜代松巡査で彼は官邸の非常ベルを鳴らした後、兵に追われながら裏門側に逃れ、そこで射殺された。

 次に撃たれたのは清水与四郎巡査で、彼は公邸と官邸の間にある庭園の公邸側で撃たれた。五・一五事件後、庭の端には緊急時の脱出口が設けられていた。そこから岡田啓介首相を逃がそうと先導していた清水巡査は、官邸側から庭園へ出た兵士たちからの銃撃で死亡した。

 岡田首相を守るのは、この時点で村上嘉茂左衛門巡査部長、土井清松巡査の2名と私設秘書・松尾伝蔵のみで、清水巡査の死亡を受けて彼らは岡田を守りながら公邸の奥へと隠れた。ちなみに土井巡査は公邸玄関脇の窓を突破してきた兵士たちに銃撃して弾を撃ち尽くしていた。

 移動しながら、松尾は電灯を消していった。栗原隊は電灯をつけながら侵入したが、警官たちは灯りがついたところを暗がりから銃撃した。栗原が公邸への突入前に電灯をつけようとして、別のスイッチで消されたのは、この時の事実に基づいているのだろう。

 警官たちは拳銃しか持っていなかったため、弾を撃ち尽くした後は徒手空拳で立ち向かうしかなかった。映画でも描写された林に組み付いた警官たちである。

 実際には、林が洗面所近くに隠れていた村上に斬りつけ、その背後に土井が組み付いた。林は土井を投げつけた後、土井を斬りつけている。村上は即死したが、土井は息があり、後に憲兵が発見して病院へ搬送したが、そこで息を引き取った。

 抵抗が止むと、栗原隊は岡田首相を探して官邸・公邸を探し回った。

後編へ続く

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