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メタバースから現実へ「ライブ:VARTISTs」


 VRよりリアルが凄いのか――
 頭の片隅にその言葉を抱いたまま、9/24に開催された、ライブイベント「VARTISTs」に参加した。なぜそこが引っかかるのか。私は、主に趣味としての交流は九州の離島住みという地理的ハンデを背負っている。そのため、人と会える感覚がある「VRChat」は「ひょっとしたら、現実よりいいのでは」と考えてもいるし、メタバースの日常というテーマで同人誌の原稿を書いていたりしている。「とはいっても、リアルに勝る物でも無いでしょ」とささやく自分もいる。

 当日ライブ会場へ。PHAZEとCROWKがお目当て。どちらのグループにも仲が良いフレンドがいる。リアルかVRか考える前に、フレンド達のハレの舞台を楽しもうと、最前列のスピーカー前に陣取る。
 前述の通り私は離島住みなのも有り、よほどのことじゃないと「現場」に参加してなかった。前回ライブに参加したのはもう5年ぐらい前になる。その時は、奇しくもアイカツのライブで声優ではない歌唱担当達のライブだった。その時はまだVRChatは未経験だった私は、彼女らはアニメのキャラクターを現実(こちら側)に召喚する巫女だ」と感激をした。

 ライブが始まる。
 音が出た瞬間、私は今まで体験したことのない音圧と重低音を感じた。その音圧はもはや「風」で「すずしい」と感じるほどだった。体で音を感じる。爆音のはずなのに不思議と耳は痛くならない。この環境は、一般家庭で再現するのは無理だと一瞬で悟った。
 演者達の演奏はもちろん素晴らしく、フロアの熱気ももの凄かった。ドイツ人の演者は「遅延なくセッションできるのがすごく嬉しい」と感激していたように、演者こそ「リアルがすごい」と思っていたであろう。しかし、演者達も「見知らぬ顔からよく知って聞こえがきこえる」といったり、アバターのネタに触れたりとVRChatへの愛情を感じた。

 音圧を体に受け、他の観客達と跳ねながら過ごした時間はあっという間だった。
 体験という意味では、リアルが凄いと言わざるを得なかった。
 しかし、振り返ってみれば、ここに演者、観客の大多数がいるのはVRChatがあるからこそでもあった。演者の住んでいる場所を把握しているわけではないが、ドイツ人ボーカルのviviちゃんが所属するPHAZEは3人中二人が日本人だ。CROWKのCROTCHETとKさんは関東と関西のグループだ。そして、みんなそれぞれに学業や仕事がある。彼女彼らは私以上に地理的制限をとびこえ、遅延に苦しみながらもセッションなどをしたりして進んでいっているグループ達だと想像する。

 私たちはリアルでいきる。だからこそリアルがすごいともいえるし、リアルでいきるからこそ地理的制限があるともいえる。VRChatは体験としてはリアルに負ける部分も多いが、地理的制限をはじめ、アバターを含めリアルで困難な事を克服する力もある。
 「どっちもそれぞれの良さがある」というのは、実は最初から解っていたことだった。
 その上で、この「リアルのすごい経験」はVRChatでの音楽系イベントの解像度が上がることに気がついた。つまり、今後、VRChatでの音楽イベントに参加するたび、「今回の体験」がフィードバックされる。たとえば、クラシックのコンサートをリアルで聴くのと自宅できくのでは、明らかにコンサートの方が体験としては質が高い。しかし、自宅でCDを聞き直すと、音の理解度が上がったように感じるのに近いものもある。または、VRChatでは「なでる」という行為がよく行われる。VRChatで撫でられているとき、リアルで撫でられた記憶を元に錯覚が生まれることも多々あるであろう。つまり、VRChatで彼らの演奏を聴く度、VRであろうとも、VRChatで撫でられたら心地が良いように、「今回の体験」を元に感覚が再構築され、今まで以上の体験を得られるであろう。そしてVRChatはコミュニケーションが強い場所でもある。それは相乗効果でより一層プラスに働くであろう。
 
 そして私は、リアルの体験もVRChatでの体験も想い出になれば同じ物だと思う。今回の想い出も大切な想い出だし、VRChatで彼らのライブを見たのも大切な想い出だ。
 

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