レンドルミン0.25mg

自分がこの世で一番どうでも良い生き物だと思っていた。そのくせ、1人でいるのが嫌だった。誰でも良いからぼくを必要としてほしくて、さまようみたいに生きてきた。

ぼくは、ぼくを気に入ってくれた人に媚び、ぼくを褒めて優しくしてくれる人に恋をした。ぼくの中はまるで空っぽだが、彼ら彼女らの中にぼくがいれば、それで良いんだ。十分だ。十分に。滑稽でもいい。幸せだった。

ぼくを褒めてくれる誰かのために生きたくて、それはこんなぼくでも認めてほしいということで、結局ぼくは、自分ばかり見ている。ということに自然と気がついた。

自分が一番どうでも良いと言ったくせに、塗り固めた保身が許せなくて、ある日ぶつりと周囲の関係を断った。そのほうが皆にとっても良い。
優しい人達。ありがとう。大好きだ。さよなら。

ぼくは空っぽに戻った。いや語弊があった、最初からぼくは空っぽだ。膝を抱えてベッドに座り続ける毎日だ。
大学の友人たちが心配して送り続けてくるLINEの新着音も、鳴り続ける実家からのコールもそのうち止まる。カーテンの締め切った薄暗い部屋で、昼過ぎに起きるとのそのそとシャワーを浴び、夜は光に誘われた羽虫のようにコンビニに向かった。

やがて食事すらどうでもよくなった。排泄とごろ寝を繰り返す日々が始まった。
身体が横になっているのに耐えられなくなってくると、うろ覚えのラジオ体操をなんとなくして、また寝た。
窓から微かに聞こえる朝の通勤通学の声、夕方の主婦たちの喧騒、社会の生活音が全て恐ろしかった。

ぼくはそのうち布団か天井と一体になり空気に溶け込むんだ。ぼんやりと輪郭が霞んで、なくなっちゃえば楽になる。
全てが面倒で、全てに腹が立って、全てが怖くて、自分が惨めで悲しくて、ボロボロ泣いた。目が腫れたまま何日も床に転がっていた。空の胃がビクついてトイレに駆け込み、胃酸は喉を焼いた。

呼吸の仕方を忘れて苦しさにもがいたけど、今は誰も助けてはくれない。そもそも自ら関係を断ってしまったし、電池の切れたスマホは洗濯カゴの奥底に眠っている。
大家が数日前に、ご友人の通報とか言って覗きに来たけど、なんとなく誤魔化してヘラヘラ笑っておいたら帰ってくれた。このままひとりぼっちで何も生み出せず成せず果たせず消えていく。

などととめどなく考えつつ、穏やかな肉体の浄化を試みていたら、母がドアをぶち破ってぼくの胸倉を掴み泣きながら喚き散らしてきたのが、昨年の2月末のことだ。

その後は目的も使命もなく、ぼんやりと大学のカウンセラー室と精神科の元に通いながら、再びぼくは生かされることになってしまった。
ルボックス50mg、セロクウェル25mg、頓服でたまに飲むセルシンたちでぼくの思考は鈍化し、谷底を這っていた精神は平坦な更地になった。
毎晩のレンドルミンはぼくの意識をぶつりと遮断し、勝手に次の朝へと放り投げていく。

時計の針ばかりが進んでいるような錯覚、自分だけ世界から遅れているような疎外感は、以前まで抱いていた孤独感や承認欲求を黒く塗りつぶし、そんなものはなかったかのように、ぼくの喉をやんわりと絞めてくる優しい手だ。

「頑張らなくて良いのよ、もうあなたは十分よくやってる」

そう母の声で囁いて、ぼくの瞼をそっと閉じさせる。ぼくは化学的な母性が運んでくる微睡みに震えながら、今夜も思考を手放していく。


------------

この1年半に己にあったこと。今あること。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?