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TeenAgeDream 【fiction】

 ロックスターが画面の中で足元から照らしつけるライトをにらみつけている。痩せすぎの体は上半身が裸で彼はその貧相な線を隠そうともせずにただライトのまぶしさに顔をゆがめながら光の射す方を見ていた。
 イエスの磔を描いた絵画を思い出す。

 枕元に転がったコンドームを包んだティッシュ。
 私はベッドに浅く腰かけて手鏡を覗き込んだ。ちょうどさっき見たロックスターがしていたように、憎々しげにこちらを覗いている黒髪の女。私は赤いリップを塗り直して下まぶたに黒いアイラインを引く。

「そういうの俺は好きじゃない」

 すっぴんでいいじゃん。という声が聞こえた。返事をせずに鏡を閉じる。

「ニコちゃん可愛いのにそういうメイクするから男が寄り付かないんだよ」
 うるせぇな、と言いかけて口をつぐむ。可愛い、という言葉に皮膚が粟立った。男がシャツを着るところだった。私もYシャツの前ボタンを閉じる。タイトスカートのホックを留めた。痩せすぎた足を隠すと安心する。ふと隣を見ると男がポケットからひしゃげたたばこの箱を取り出すところだった。
「おい、たばこ」
 男が煙草をくわえようとしてたのを箱ごと奪い取る。
「私の肺が汚れるだろ」
「悪い」
 部屋を出て外で吸えばいいのに、男はまだ何かくだらないことを喋っていた。どうでもよかった。立ち上がってスマホと財布を手に取る。何も言わずに男の部屋を出た。狭苦しい1LKの部屋だった。無理に曲げられていた股関節が軋んだ。昔から体が柔らかいほうではなかった。イライラする。エレベーターを降りてエントランスを出ると、まだ陽が高い。傾いた太陽がちょうど目に刺さる高さだった。顔がゆがむ。私は太陽から顔をそむけるように歩き出した。

 男から奪った煙草に火を点ける。肺に煙を吸い込むと、あの部屋の空気を忘れられる気がした。向こうから歩いてくるスーツの男があからさまに顔をゆがめた。当てつけのように煙を吐いた。

 ショーウィンドウに私の姿が映っている。黒いシャツ、黒いベルト、白いタイトスカート、ゴスメイク。厚底のヒール。目を閉じるとロックスターの貧相な上半身が浮かんでくる。私は自分の肩を抱き寄せた。腕に胸が当たる。生ぬるくて、柔らかくて、気持ちが悪い。
 目を開けると心底軽蔑したような顔で女がこちらを睨んでいる。私だ。抱き寄せた腕でショルダーバックのひもを直す。金具が照明を反射してぎらりと光った。ぶち殺すぞ。口の中で含むように殺意を転がす。
 携帯灰皿にたばこを押し当てた。くすぶった煙が嫌なにおいを発している。

 電車の中で私は目を閉じて、男の体を思い出そうとしていた。ヤニ臭い、薄黄色の肌。汗ばんでいて、そのくせ首筋は妙に乾いていて、髪の毛からはやはりタバコのにおいがした。目を開ける。窓ガラスに自分が写っている。自分の体から乳房をきれいに取り除いてしまった様子を想像した。乳房のない私はあの男よりも、画面の中のロックスターよりも美しいだろうか。歯を強く噛み合わせたせいで唇がゆがんだ。隙間から歯が覗く。私は自分の真っ赤な唇を噛みちぎってしまいたかった。黒い髪を刈り取って、赤い口紅をぬぐって、乳房のない平らな胸を抱えて、困惑とも嫌悪ともとれる顔で、ただ向けられる視線を容赦なく跳ね返したかった。

 あふれ出る憎悪に下腹部がうずいた。内臓が乾いている。
 こういう感覚がきっと勃起に近いのだろうと思った。
 目の前の女を殺さずにはいられない。
 目の前の女。
 私を。

 ぎり、と糸切り歯が鳴った。
 血が干上がっていく、内側から。
 乾いているのに滾っている。
 皮肉なことに私はこういう暴力的な気分の時に自分の子宮の位置を思い知る。
 セックスの時にはうんともすんとも言いやがらないくせに。
 殺意を生む器官。恥骨の奥に埋まっている自己主張の少ない器官。

 私は永遠に乾いていて、永遠に殺意を孕み続けるのだと思った。入れ墨だらけの海外モデルの体。どこを見ているかわからない虚ろな瞳。短く切った金髪。金メッキのネックレス。余計な脂肪のない体。ゾンビボーイの整った頭蓋骨。永遠に私の手からすり抜け続けていく、上滑りし続ける男の体。

 電車が止まる。扉が開く。ホームに降りる。太いヒールが派手な音を立てた。人ごみに埋もれていく。揺れる背中。あらゆる年代の男女が街に集っている。どこかへ向かう着飾った人々。スーツ姿の疲れた顔。ふとひときわ背の高い女の後頭部に目が留まった。すっと伸びた首、切り揃えられた襟足、揺れるイヤリング。ああ、あの人はきっと美しい。私は確信する。私の体から染み出した殺意がいつか飛び切り派手で美しい女を犯して子供を設けるといい。踵を鳴らして歩く。永遠に自分を燃やす透明な炎に包まれた子供を孕ませるといい。

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