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20代で死ぬと思っていた長くてくだらない話

20代で死ぬと思っていた。
なんでだかは知らない、女だからかもしれない。
出来るだけ生き急いだ、やり残した事がないようにめちゃくちゃに生きた。でもついこないだ、20代を終えてもなんか死んでいなかった。

ほら、死ぬ気でとか必死とか言うと、その熱量やなりふり構わない様子にヒヤヒヤしたり眉を顰めたりされる。いや、理解出来る。猛スピードでブレーキの無い車体を壁にぶつかりながら修理してまた走り出している車が居たら、私も少し休め、車を降りて歩けと言うだろう。
人より少しだけ苦しい思いをしてきた。人より沢山間違えてきた。でも不思議と後悔はない。
私が選んだのだ、全て。どんな風や凪が来ようと私が人生の舵を切った。ほぼ全て。こんな生き方が出来たのは、失うものなんて何もなくて若くて守られてきたからだって今更思う。

私には〜しかない という訳ではない。
私には〜位しかできない だ。
30年生きて大人になるまでの困難や成し遂げた事は大したことではない。人並みになれなかった分、随分と遠回りをしたが速度をあげた為運良く同じように生きてるみたいに見えていた。らしい、多分。

10代、気がつけば怒りと殺意に満ちていた。絶望もあった、それに人生の事をゆっくり考える時間が欲しかった。茹るような夏の外側で家のポストから冷房の空気を吸っていた。ドラッグストアとブックオフは涼しい。コンクリートの階段で初めて水彩画を描いたんだ。祖父が大好きだった、14歳の6月モルヒネで朦朧としながら変な匂いの病室で死んでいくのを初めて見たんだよ。
そこからは奈落だった、何もかも分からなくなって復讐に蝕まれ17歳の春にはもう復讐の手段として死ぬ事さえ容易く、自殺は無様に失敗し計画としては怖いくらいに成功した。人を痛めつける為の一手としてそれを打つのは殺人と同じ行為だと今なら思える。あの時に皮膚に刺さっていたのは背の低い低い躑躅、街路樹、私の名前は街路樹の木。桜の花びらが脳内を年中びゅうびゅう吹くようになる。

20代、駆け抜けて生き急いだ。子供も産んだ。
安物の10cmヒールで深夜に走って転んで、Chloeの黒いチュールドレスがビリビリに破けた。身の丈に合わぬ物ばかり側に置いたからだ。都会の夜景が好きだ。昔から寝つきが悪い、ひとりぼっちは嫌だった。視力の悪くなった目は辺りを歪んだラメを光らせる。仕事に生かされた、人に恵まれて、皆そっと見守ってくれてた。我儘でおかしな自分に近づいてきて逃げていく男がいくつかいた。仕事さえ抜けば、学校へ行けなくなったあの日々と同じルーティンと酷い目つきだった。泣きすぎて下睫毛が随分伸びた気がした。

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