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最後の晩餐:「パン」で解くダヴィンチコード

最後の晩餐
ミラノ公であるルドヴィーゴ・スフォルツアよりサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂の壁画として依頼されたもの。1495-1498年にわたって、レオナルド・ダ・ヴィンチにより制作された。

今回はこのダヴィンチコードについて「パン」を使った考察をしてみます。

描かれているシーン

まずは、登場人物と描かれている内容を見てみよう。

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主要な部分にいる人たちの名前
イエス、ヨハネ、ユダ、ペテロ、トマス、大ヤコブ
イエスを中心として、弟子たちが並んでいる。(名前小さくてすみません)

描かれているテーマ
イエス・キリストが処刑される前日、過越祭の夕餉のシーン。
12人の弟子とともに、食事をとっている最中、イエスが「弟子の1人がわたしを裏切る」と発言し、弟子たちが驚愕している。

聖書のフレーズ

次に、該当のシーンについて述べられている聖書の記述を確認してみよう。

ヨハネの福音書 13:23
弟子たちのひとりで、イエスの愛しておられた者ものが、み胸に近く席についていた。

イエスの愛しておられた者というのが、今「ヨハネ」となっている女性のように見える人物だ。
同じテーマについて描かれた他の絵画ではイエスの左側の胸元によたれかかっているものが多い。イエスとヨハネの間は不自然にはなれており、胸の近くによりそっているとは全く見えない位置にある。

マタイの福音書 26:23
イエスは答えて言われた。「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。」

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▲ 赤丸の中の銀色の皿が鉢と思われる

「鉢」と書いてある。パンを鉢に浸して食べるらしいことも書かれているので、イエスの隣くらいに裏切り者のユダがいないと、一緒に鉢に手を浸した者という記述が成立しない。裏切り者のユダは、イエスとの間にヨハネを挟んでおり、こちらも位置的には合わない。

絵画の中の不自然なポイント

次に改めて、絵として不自然なポイントを見てみる。

ユダとイエスの不自然にあげられた手

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この手の形は明らかに違和感がある。
他の人たちはそれぞれ意図的なハンドサインをしてるが、この2人だけは何かを掴もうとしている。

トマスのハンドサイン

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この右手の人差し指を天に向けるサイン。
レオナルドの別の絵画、「洗礼者ヨハネ」も同じポーズをしているが、これは「天からメシアの到来を予告する」サインと言われている。
裏切り者がいるとの話がでている中で、メシアの到来をつげるだろうか。

大ヤコブの視線

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ヤコブは非常に奇妙な位置を見つめている。
視線の先はイエスの腹部だ。どう考えても不自然だ。

ペテロのナイフ
数ある最後の晩餐を描いた絵画をみてみると、ペテロは胸の前に手をおいて心を痛んでいるものが多い。ナイフを持っているものもあるが、誰か特定の個人に向けられたものではなく、ただナイフを握っている。
犯人がここでは述べられておらず、誰かはわからないが裏切りを許さないという思いの現れだろう。しかし、このペテロは明らかに特定の個人=ヨハネに対して詰め寄るような態度をみせている。

テーブルの端に並べられたパン
テーブルに規則正しく並んだパン。一説には手とパンの位置を音符にすると、音楽になるという都市伝説がある。そのくらい位置が奇妙だということだろう。
今回はこの奇妙な配置のパンを元にダビンチコードを分析する。

「パン」をヒントに入れ替えてみる

上記の不自然な点…
実は少し入れ替えをしただけで自然にピースが埋まるのだ。
その入れ替えの目印となるのが、何を隠そう「パン」である。

まずはイエスの手前のパンを目安にイエスを移動。ユダ側のパンとかぶる位置まで移動する。

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次にヨハネの手前のパンを目安に、もともとのイエスの左手側にあったパンの位置まで、ヨハネを移動する。

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すると...絵がやっと完成するのだ。

この絵画で語られている真実の内容とは

この入れ替えられた絵画を見てほしい。

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2人をとりまくように皆が驚いている。2人の周りのスペースもとてもバランスがよくなった。

ではここで何が語られたのか。先ほどの不自然だったポイントがどうなっているかを見ていこう。

不自然だったユダとイエスの手

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なんと、しっかりとイエスがユダの手を掴んでいる
ユダの裏切りをイエスは認識していることを手を握ることで伝え、それに対して驚きの表情を向けるユダ。同じ鉢に浸すという記述もこれなら違和感がない。

大ヤコブの視点とトマスの祝福

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大ヤコブの視点をみてほしい。
入れ替えたことにより、より意味が分かるはずだ。
そう、大ヤコブは女性らしき人物の腹をみているのだ。さらに、トマスの天からメシアの到来を予告するハンドサイン
これらが意味することは、そう。イエスの子の受胎である。
受胎に大ヤコブがおどろき、トマスは世継ぎを祝福する。とても自然なリアクションになった。

中心に位置するもの
絵画の中心に存在するのは女性らしき人物の腹部になるが、これは、これから産まれるメシアの血を継ぐ子を中心にすえたのだろう。
これから生まれ出ることを示唆するように、お誂えの皿の上にイエスは手のひらを上にしておいている。

この絵に隠されたコードは、イエスの子の受胎

今回は不自然に並べられた「パン」を元に人物の入れ替えを行い、考察してみました。レオナルドは「福音書の記述」と「パンの位置」にヒントを残して、この隠されたメッセージを伝えようとしたのではないでしょうか。

長文、読んでいただきありがとうございました。


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