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切り花

私は花が好きである。自分で買うときもあるが、思いがけず人からもらった花は格別だ。花はその美しさに加え、贈ってくれた人の気持ちが上乗せされ、より鮮やかに輝いてみえるからである。

切り花の寿命は、1週間~10日、長ければ2週間は持たせられる。生け花の師範だった母親に、長持ちさせるには水中で導管を潰さぬよう切れ味の良いハサミでスパッと切るということを教わった。こうした手入れもまた、楽しみの一つになる。

花といえば、こんなことがあった。私たち姉妹がまだお互いき独身だった頃、私は妹への誕生日プレゼントを持って、彼女の自宅を訪れたことがあった。花は買っていかなかった。なぜなら彼女は花が嫌いだということを知っていたからである。

その日は帰りがすっかり遅くなってしまい、妹の家に泊めてもらうことにした。

ーシャワー、借りるね。

浴室のドアを開けると、異様な光景が私の目に飛び込んできた。そこには水も張られていない浴槽に、包装紙のまま無造作に投げ込まれている花束で溢れていたのである。

ーこれ…

あぁ、それ。全く困っちゃう。後でまとめて捨てるつもりだから。邪魔かもしれないけど、そのままシャワー浴びていいから。

昨日は彼女のバースデイパーティーがあり、たくさんの人から贈られたであろう花束たちー。その無残な姿と、浴室に充満したさまざまな花の香りにむせ返り、私は息が(胸も)苦しくなってきた。

浴室を出ると、妹は誰かと電話で話をしているようだった。もしかしたらあの花の送り主の1人なのだろうか…

昨日は素敵なお花を、ありがとうございましたぁ!
何だか急にお部屋が明るくなったみたいなんですぅ。
またこ、ん、ど、ゆ~っくりお話がしたい。
う、れ、し、か、っ、た。ウフフッ。

そう言いながら彼女は舌を出し、電話を置いた。

ーごめん、お邪魔したわね。今日はやっぱり帰る。

彼女が俗に言う社会的な成功者だとするならば、本物の切り花を長持ちさせるために、自分の貴重な時間を費やすような人間よりも、自分の前に差し出された人間という切り花をいかに効率よく生かすのかを考えるような人間(不要なものはスパッと切ることは言うまでもない)のほうが、余程、役立つスキルなのかもしれない。

そして今年も彼女の家には私とは比べものにならない数の花束が、誰からともなく贈られてきていることだろう。それが生ゴミと化す運命にあることなどは、誰も知る由もないのだからー。


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